藤原航太針灸院

痛み・痺れ・麻痺・自律神経症状の難治例の検証と臨床

脊椎脆弱性に派生する諸症状の病態生理の整理


あくまで以下は極めて総論的な内容であるし、今後も大きく概念は変動していくものだと思っているが、備忘録的にも少々残しておきたい事があり、記載する。発症起因に関しては様々な要素や条件が兼ね備わり、初めて患者に症状として自覚させるものであると思う。本人が今現在備えている耐痛閾値や痛覚閾値の問題。数日前迄の家事労働内容、若しくはイベント等による慣れない行動内容等、考えればキリがないかもしれないが、日常生活を起因とする発症例、発症原因と言うのは、恐らく私以上に実際に症状を自覚した患者自身が一番知っていると思う。
突発的に生じた場合は原因不明と称されるかもしれないし、患者ベースで(身体負荷の)累積結果を表現出来れば原因明瞭とされるだけの事であり、治療者側としては別にどちらでも構わない事である。何処がどんな症状が出ているかをヒアリング出来れば、様々な仮説は立てられるし、予測も立てられるものである。
人間の心と言うものは無限であり、その日その時の気分で如何様にも表現方法は異なるものであるし、過去の痛みは常に忘れがちである為、今が一番痛く感じるものである。故に、参考迄にVAS値は確認するが、それが何処まで必要なのかも最近は疑問である。
しかし、人間の身体と言うのは幸いにも有限であり、一部奇形等は存在するかもしれないが、その多くの配置や走行は殆ど同一である。この事から、疾患名から治療手段を紐解こうとするから訳が分からなくなるだけであり、抱える症状を個別に捉え、病名如何関わらず、再構築していければ様々な症例に於いてはスンナリいく場合もあるのかもしれないが、
このような考え方で方針を立てている場合の最大のデメリットと言うのは、患者が過去に告げられた凡ゆる傷病名や治療手段(薬物が治すと言う思考)の既存の情報が、極めて治癒遅延を生む傾向も時として発生する事かもしれない。更に深追いして考察した場合、病態定義を一度既存の状態に戻して説明する(早い話が同調ってやつ)のも時としてありかもしれないが、刺針部位が明らかに既存病態定義から連想される位置から掛け離れている場合も多くある為、何処まで思考を寄り添えば良いのかと言うのも又考えなければならない事なのかもしれない。
このように、治療の多くは術者と患者間での身体観が大きく異なる場合も多い。しかしながら、その多くの患者は切った張ったされて薬漬けになっているから堪忍している状態かもしれない。既存病態定義に基づいた治療手段を散々受けてきて治っていないと言う過去を既に踏んでいるからだ。では、後が無い患者が早期回復に向けて優位に立てるものかもしれないが、誰しも切った張ったされて薬を飲んで治るなら、それで良いかもしれない。
とは言え、此処で知っておきたい事は、それらが治らない手段だと先に知っておけば、発症直後から回復手段を取り込む事で、わざわざ身体にメスを入れなくても済むかもしれないし、リスキーな薬物を飲まなくても済むと言う事だ。例えば、とあるメジャーな手術も有効率65%で再発率75%だとした場合、このよな情報を聞けば少しは二の足を踏むと思う。古くから存在するメジャーな手術も、案外その程度なのである。
人間は肩を使い過ぎれば肩が傷み、腰を使い過ぎれば腰が傷む。別に不思議な事ではないと思うのだが、完全無欠な無痛状態が永続的に継続する事を「治った」と言うラインに持ってくる人間も少なくない。それは確かに私にとっても理想かもしれないが、それは恐らく難しい。
発症要因が日常生活内に在る場合、今後もその日常生活を取り込み続ける事になる可能性が極めて高い。仮にも永続的に痛みを自覚しない生活を送りたいと言う願望があるのであれば、日常生活を変えるしかない。しかし、その多くは無理だと思う。そのような中でも大切な事は、仮に疲労(負荷)が一時的にでもキャパ超えした場合としても、早期回復出来る基礎的身体状態にいるかどうかだと思う。
時として、これらの大関節由来とする諸症状も経時経年に及べば異なる内臓器の自律神経症状に発展するかもしれないし、場合によっては筋骨格系疾患を携えぬまま自律神経症状を直接的に誘発する場合もある。常に順番は一致していない。
時として症状とマッチしないNSAIDs等の中長期的な服薬や、軟部組織の柔軟性が欠如する程の強揉みを施す場合もあるかもしれない。そのような良かれと思った行為が仇となるケースも少なくないかもしれないが、今回はそのような話は扠措き、
症状の出現部位、内容、度合い等と言うのは100人100様かもしれない。これが、私が最近筋肉や筋膜を標榜して治療しなくなった1つの要因でもある。筋細胞や動静脈への過度な負担は確かに症状を惹起する可能性と言うのはあるが、幸いにもこれらがメインの症状であれば寝ているだけでも大半は治る。適当に自然治癒が働く。
これを時間グスリと表現する場合もあるだろう。問題なのは数日を経ても未だに症状が残存する群が、仮にも半寝たきりを自ら形成しても治っていない場合であり、そのような患者が大勢いると言う事を鑑みた場合、治療反応性から考察しても、それは筋肉や筋膜、動静脈等の理論でベースアップを果たすのは極めて理論に脆弱性を覚える。
勿論、治らないと言う訳ではないと思うが、かなり遠因からの攻めとなってしまうと思う。これもよくよく考えれば、恐らく多くの患者は傷めた時点で患部に手を宛行い、時として押したり揉んだりしている事だろう。それを他者が行っても同様だと言う事も踏まえていきたいとこである。
仮にも有限性の高い身体状態であったとしても、生まれ持っての脆弱性やその後に暴露した結果の脆弱性等も全て鑑みていけば、明らかに筋細胞や動静脈等の脈管理論では、治効理論の土台が弱い事も知る。過去からの反応性を省みれば、それも当たり前の事だったかもしれない。
人は時として運動神経系異常が先行的に生じる場合もあるし、オーソドックスに知覚神経異常から始まり、徐々に進行する場合も時として見受けられる。特に負担を掛けない生活を送っているように見受けられても、日増しに痛みや痺れ、皮膚感覚の鈍麻が憎悪していく場合もある。
これらを一概に纏めて考察すれば話が散らかり過ぎるのは分かってはいる事だが、改めて書けば、患者は生まれ持っての骨格の脆弱性は存在する場合もあるし、栄養状態により回復に遅延性を持っているかもしれない、家事労働内容によっては易負担、易損傷傾向を示すかもしれないし、回復を上回る損傷を繰り返し続けた日々を送れば回復出来ないかもしれない、と言う事である。
しかしながら、仮にもその場その場で短期的な回復(自然治癒含め)が見込めなくても、回復出来ない理由を既知していれば別に恐がる必要もないと思うし、回復する理由や手段を既知していれば、時間を見つけて回復理由を大いに取り込んでいけば良いだけの事だと思う。
最近は向精神薬の話が多かったが、本来私が向精神薬に危険性を抱いているのは、凡ゆる科で処方され、全ての症状の延長線上に向精神薬が存在し、その向精神薬の反応性を知らずに中長期的に服薬する事により、元々の症状改善が見込まれても、薬物を抜くに抜けない状態に陥る患者群、そして副作用や常用量離脱に暴露される例が後を絶たない事に端を発する。
その為、何度も勘違いされるが別に減薬や断薬専門でもないし、心療内科や精神科に通う患者専門でもない。全ての人間が仮にも何かの症状を抱えた時、そして中長期的に症状が継続した場合、全ての人間が向精神薬の処方対象となり、その後は放ったらかしにされている現状が危険だと言っているのである。
そのように危険な状況なのかもしれないが、先ずは復習がてら考えてみると、向精神薬を飲む事になったキッカケの多くは何だったのだろうか、と言う事である。多くは自律神経症状を起因とするものかもしれない。
自然発症性の睡眠障害や不安感、焦燥感、うつ症状、これらの大カテゴリの枠内に、頭痛や頭鳴、難聴や耳鳴り、吐き気や目眩、空咳や喘鳴、呼吸困難感や胸痛、腹痛や下痢や便秘、生理痛やインポテンツ等他、星の数程に症状が出るかもしれない。
折角だからもう少し並べてみると、本態性高血圧・動悸・頻脈・のぼせ・ほてり・顔が熱くなる・微熱・頭が重い・偏頭痛・めまい・ふらつき・耳鳴り・耳がよく聞こえない・音が大きく聞こえる・涙が出る・光が眩しい・瞼がけいれんする・声が出ない・どもり・口が渇く・顔色が黒ずんで悪い・胸が苦しい・胸がつかえる・胸が痛い・のどがつかえる・飲み下し困難・食物を飲み込む時に違和感がある・息が詰まる・のどが締め付けられる・ぜんそく・背中が痛い・胃の調子が悪い
胃潰瘍・大腸の調子が悪い・ガスが出る・便秘・下痢・慢性疲労・倦怠感・肩こり・冷え性・手足がしびれる・手が震える・多汗症・夜尿症・頻尿・インポテンツ・性欲が無い・不感症・神経性皮膚炎・じんましん・円形脱毛・生理痛・生理不順・強い不安感(漠然とした不安・特定のことに対する不安)・対人恐怖・人前ですごく緊張する・他人の視線が気になる
・自分の視線が気になる・赤面恐怖・表情恐怖・体臭恐怖・外出できない・乗り物恐怖・高所恐怖・閉所恐怖・先端恐怖・不潔恐怖・確認癖・視界が気になる・イライラする・怒りっぽい・無気力・落ち込み・睡眠障害(眠れない・早朝覚醒)・集中力が無い・記憶力の低下・悲観的に考える・すぐに悲しくなる・暗い・死にたくなる・摂食障害(拒食症・過食症)※日本心身医学会より
上記と重複する場合もあるが、これらもそうである。これ以外にも本体性や特発性等の冠が付いているもの全ては、基本的に治し方に明確性な道筋が立てられていない。故に対処療法と成らざるを得ないのが現行医療の状況である。これらが単独で発症する可能性もなく、多くは複合的に発症する為、凡ゆる科を転々とし、それに準じた薬物を投与されるも治らない為、一緒くたに自律神経失調症と言われるケースが多いものだが、仮にも各部位毎の損傷起因を満たさぬ原因により症状を発症したからと言う理由により、
成長期や思春期、更年期や老年期、そして精神異常とレッテル貼りをされるものなのかもしれないが、このような現段階では原因不明であると言われる諸症状の発症因子を探る事が1つの発展となると思うし、先程の話ではないが、仮にも症状を自覚したとしても、原因を知っていれば、然程症状に恐怖を覚える必要もなくなる、と言う事である。
治療反応性より、過去から成長痛や若年性線維筋痛症(成人の線維筋痛症慢性疲労症候群の類の多くは薬害だと思っている)、若年層であれば何故厳しい神経症状を出し、老年期に掛けては何故神経症状が緩和するかを鑑みる限り、様々な症状の発症起因には脊椎に原因がある事が読み取れる。
過去には、椎間板ヘルニアの術後に経時経年で発症する椎間板不安定症による他高位の神経損傷や、固定術に伴う他高位の神経損傷や椎間板不安定症、神経根ブロックに伴う神経損傷及び損傷をしたと症状を自覚する迄のタイムラグの問題や、
自己免疫異常を基礎的に抱えていたのか、神経実質の脆弱状態を備えていたのか、薬液を放つ速度の問題だったのかは推定の域を脱しないが、様々な免疫反応や、やはり神経損傷及び症状自覚のタイムラグ等を交え考察していたものだが、このように治療部位及び上位下位程度の狭い範囲内での損傷の波及性のみならず、
脊椎及び脊髄と言うのは、頚部から腰部(仙部)まで繋がっていると言う、時に見落としがちな当たり前の身体環境下に於いては、このような医原性的な損傷や易負担を抱え、末梢神経系の症状のみならず、中枢神経系の症状とて自然発症する事が簡便に読み取れる。当たり前だが頚髄は頚椎で止まっていないし、胸髄は胸椎だけの所有物でもない。
それでも尚、頭痛や目眩を伴うからと即時的に脊椎に原因を求めて写真を撮る人は中々いないと思うし、脊椎や脊髄の緊張性や不安定症を既往として抱えている事に対して考察する事は少ないと思うし、自律神経症状を抱えてきた患者に整形領域疾患を聞く事はないと思うし、整形領域疾患を抱えてきた患者に自律神経症状をヒアリングする事もないと思う。
意味の無い質問かもしれないが、ヒアリングしていれば大凡関連付けられるものであるが、如何せん、それらに気づいたとしても結局は単独的な薬物治療に終始しているものであるから、後々面倒臭い事になると言うのは事実でもあるが、それは仕方ない。オーソドックスな手段が薬物治療だったと言う話だけの問題である。
其れでも尚、今一度考えてみれば簡便に理解出来るかもしれないが、私達の身体の凡ゆる細胞は何によって栄養されているだろうか。皮膚も筋肉も神経も骨も血液によって栄養を受け続けている。血流が滞るから細胞は死ぬ。脳血管障害等を例に挙げれば早いかもしれない。これは末梢部でも同様な展開が常に起き続けていると言うだけの事で、その結果、時として栄養供給の不全状態や仮死状態に陥り、症状は長期化し、発症部位によっては凡ゆる症状を引き起こすと言うだけの事である。
それらの諸症状に対して、薬物と言う存在は何処まで対応出来るか、と言う事を考えれば、薬物の恩恵を受けられる諸症状と言うのも極めて限られてくるものでもあるし、極めて限られたタイミングでしか必要のないものである。
そのような中、誘発因子としては未だ推論の域を脱してはいないが、かなりの高率で患部周辺の症状のみならず、自律神経症状を発症し、原因不明だと告げられるケースを幾つかピックアップしてみる。
後に若年性線維筋痛症の病態生理を再掲するので、そちらも一読頂ければ更に分かり易いかもしれないが、その多くは生まれ持って腰仙部移行椎や二分脊椎、最下位腰椎と仙骨の癒合、先天性や後天性問わぬ側湾症等を抱えているケースが極めて多い。成人であっても頚部や腰部の固定術等による構造変化、又は脊髄終止症候群と診断された術後等も原因としては考えられるかもしれない。
1次~2次成長期の脊椎と脊髄の関連性、老年期に円背傾向を示した脊椎と脊髄の関連性。そしてこれらに準じて発生する自律神経系症状(てんかん発作も含め)と言うのは非常に関連性が高く感じられる。
他にも様々要因はあるかもしれない。勿論、症状発症要因は脊椎の問題に限らず、栄養問題も多く絡んでくるが今回は扠措き、このように先天性や後天性(手術が要因となるもの含め)の器質的異常の有無問わずとも、日常生活に於いても何故、生理的に前湾傾向を示している頚椎や腰椎の持続的後湾傾向を形成すれば、末梢神経系の支配領域症状、中枢神経系の支配領域症状を出すのか、又は易損傷性となるのかを考察するのも非常に興味深い。
縦軸の問題であれば、その多くは家事労働姿勢に起因するものであるが、横軸での器質的異常に関して考えれば、その多くは必要があって異常と言う形を呈したのかもしれない。例えば側湾症だとした場合、その側湾を手術で固定した場合、構造上の見栄えはよくなるかもしれない。しかし、その結果、他症状(抹消及び中枢神経系症状)を発症した、と言うのは案外見掛けるものである。
脊柱管狭窄症だからと固定術をした、椎体にセメントを入れて1個の椎体の構造を正した為に、生理的に必要があって構造変化をした脊椎全体が伸ばされ他症状を発症した、と言う話も案外珍しいものではない。
人間は必要があって腰を曲げ、側湾を呈したりしながらも尚、中枢神経系機能を保持しようとしていると言う見方も出来なくもない。そのような中枢神経系機能を破綻させたのも、当該患部の見栄えを良くする為、若しくは当該患部の症状を改善させる為に負った1つのリスクなのかもしれないが、
脊椎変性疾患そのものの既存の病態定義の矛盾点を掌握した上での意味を知らなければ、上述した理由も分からないと思う為に、なかなか理解し難い部分もあるかもしれないが、幸いにも観血的治療の価値は年々下がっており、保存的治療で症状が回復する⇒そもそも手術は必要なかった、と言う情報が患者ベースで浸透しているのは大変良い事でもあり、それに伴い中枢神経系機能は保持されるものと見据えている。
手術好きの医者と手術好きの患者も勿論いるが、医療選択は患者の自由であるからこの場では言及しない。この場は、なるだけ手術や薬物治療と言うリスクを負わずに治すべく、病態定義を再考察している場である。そもそも手術や薬物治療で治っていない患者が目の前にいるのだから、病態定義を再考察せざるを得ず、手術や薬物で皆が治っているのであれば、このような話もしていない。
このように、経時経年で脊椎や椎間板の圧壊が起きる事、それに伴う円背傾向を示した事で、神経症状が緩和されたり、骨格が隆々している若年層が極めて厳しい神経症状を呈したり、又は成長過程に伴い神経症状や自律神経症状を呈したりとするのは、脊椎の変化と言うのを時間の流れを含めて考察すれば様々な症状の解決策に繋がるものである。
このような脊椎に対し、無理に伸ばして引っ張って杓子定規に沿った理想形で固定するからおかしくなると考えると、ますます脊椎変性疾患等に対しての手術は短気に行うものではないかもしれない。
これらの事象に関しては、若年性線維筋痛症と診断された患者群に於ける治療反応性から読み解く病態生理を以下に再掲する為、一読頂ければ言わんとしている事が少しでもご理解頂けるのではないかと思うし、薬物治療の理由が見えてこない⇒必要ないと言う理由も知る事が出来るのではないかと思う。
若年であれば疼痛も激烈であり、良い意味で円背傾向を示し、椎体の圧壊が生じた高齢者であれば、激烈な疼痛が少ない傾向も示す事になり、移行椎や二分脊椎、破格や奇形等の先天的な構造以上や、成長期と言う時期に過度なスポーツ等で分離・すべりになっている場合等も含め見えてくる現象と言うものもある。
残念ながら、ここ最近は「成長痛」と言うカテゴリすらも「心因性=精神異常者」のレッテルを貼り、向精神薬を投与したがる人間も増えてきて、且つ、安易に自らオピオイド系の鎮痛剤を求める10代患者も増えてきているようだが、どの方向から見ても将来を見越すと危険と言う文字しか浮かばない。恐らく、その被害者(?)として挙げられるのが、若年性線維筋痛症と言うどうでも良い診断名が告げられた群ではないかと思う。且つ、これらは今件の若年性線維筋痛症に限らず、仮にもそれが若かろうが年寄りだろうが共通して言える事を現場を通して散々見ている、と言う事も大前提としているが、
先ずは診断名如何問わず、症状自覚の起因としての原因に、
>>一・二次体性感覚野,前帯状回前頭前野の活性化が健常人に比較し強く認められ…
とあり、脊髄後角での過敏化現象であると推測され、その結果、成人であればリリカ(以前はガパペンチンかな)が第一選択肢として用いられたり、その他はNSAIDsや向精神薬が利用されているようだが、
仮にも、若年性の線維筋痛症の病態とは何ぞやを臨床反応上から考察すると(一応はオピオイド系鎮痛剤や向精神薬服薬前である事とする。これらの中長期服薬は薬剤そのものが”このような病態を作り上げる”事になる為)、単なる「神経痛」と「自律神経症状」としか言えない部分もある。確かに、このような極めてシンプルで乱暴な表現に異論を唱える人間は多くいるかもしれないが、先ほどの『自律神経とは何ぞや』の項にも内容は散りばめているつもりだから、そこを読んでもらえれば、その理由も分かると思う。
もう少し書けば、表現は適切ではないかもしれないが、私は人の身体の症状を筋肉で見ていない、と言う事であり、肩こりも腰痛も「神経痛」扱いで処置を行っている事にも由来するだろう。筋肉に針を刺せば、まぁ緩むだろう。但し、持続性はどうか、持続性が短期であれば、患者の回復は遅い⇒場合によっては極めて多回数の治療を短スパンで受療し続けなければ持ち上がらない⇒相互疲労が起こる。と言う図式は得てして起こりうる。場合によっては症状に変動がない時もある。
もう少し簡単な例で書けば、スポーツ障害や成長痛とも捉えられている「鶩足炎」や「オスグッドシュラッター」等に関しても同様な事が言え、仮にも脛骨粗面部や鶩足部に疼痛及び圧痛が生じているからと、基本的に私は疼痛部位に対しての処置を施す事も無ければ、基礎的概念である大腿前面部や後面部の筋細胞の持続的収縮に伴う疼痛とも言われているかもしれないが、処置を行う際にもこれらの部分は無視をして症状の改善を果たしている。
これも1つの針屋のメリットと言えるかもしれないが、針屋に来る多くは「何をやっても駄目だった人が来る」傾向が極めて高い事から、今件の症例以外もそうだが、どのような治療が「無効治療」であるかと言うのを既知し、既に前提として情報を持っている事である。
疼痛部位に何をしようが、筋細胞の持続的収縮部位であると推測される部位に何をしようが、結果が芳しくない為に「針屋に来た」と言うバックボーンは、それは患者にとっては辛い事かもしれないが、こちら側にしてみれば、その事自体が有意義な情報に繋がるものである。
話は反れたが、さて、若年性線維筋痛症が成長痛かと一言で済ますと誤解も生じる乱暴な表現であろうから少しだけ触れるが、基本的に凡ゆる疾患の概念と言うのは「積極的な針治療を施したデータが無い」状態で構築されているものであり、「薬物治療を主体としたデータが多い」状態で構築されている。スポーツ障害系であれば、ストレッチをしたり筋トレしたりアイシングしたりホットパックをしたりと言う内容も含まれてくるかもしれないが、実際に、その効果は如何だろうか。
別に重箱の隅を突くような書き方をしている訳ではないが、「筋細胞の持続的収縮部位に対して、伸張位を意図的に臨むストレッチをしても、治るのか」と言う根本的疑問符を持たなければならないし、当該支配領域の筋細胞を運動し、知覚する支配下は何処かを見越した内容且つアプローチがされた文献や実際と言うのも残念ながら私は知らない。
仮にも針治療の論文を見ても如何だろうか。疼痛部位に針を刺しているデータが大半ではないだろうか。いわゆる、圧痛点治療と言われるものや、トリガーポイント治療と言われているものである。それは、過去の患者が散々経験し、「効かない」と証明してくれている。仮にも初期的な投薬(NSAIDsやアセトアミノフェン)で効果を自覚し、疼痛部位に対して針や注射針を刺して治るのであれば、「若年性線維筋痛症」と言う症候群名も生まれていなかっただろう。
話は成長痛に一度戻すが、成長痛と言うのは筋骨格系症状「のみ」、だろうか、と言う観点である。ここで勘の良い方は「成長痛 自律神経」と調べるだろうから先回りして書いておくが、
http://www.成長痛.com/article2/に書かれているような『成長痛を訴える子供の統計的データを見てみると以下のような条件にあてはまる子供に心意性の成長痛を発症している傾向が見られている。心意性の成長痛を感じやすい子供☆神経質な子供☆兄弟がいる場合は上の子供☆甘えが強い子供(あまえんぼう)このような状況下にある子供は、自分でもわからない不安を抱えている事が多い。』
と言う事ではない。恐らく、これは自律神経と心因性を混同している結果であり、このような医者に掛かれば、遅かれ早かれ向精神薬が投与されるだけである。
そう言う訳ではなく、『自律神経とは何ぞや』でもチラと触れた通り、脊椎の成長に伴う脊髄のテンション過多に伴う神経根及びDRG由来の各当該脊椎高位の神経支配領域症状並びに、それに伴う脳幹や視床下部の支配領域症状と言う事を、現場を通して実感するものである。勿論、これに伴い内分泌及び外分泌異常も伴っている場合に関しても、初期的には数値異常が認められていたものも、経時経年的に、その後は数値が適正範囲内に落ち着くと言う事実も、この理屈の整合性が高いと言う証拠でもあるとも感じている。
取り分け、今回は若年性線維筋痛症と言うのを例に挙げたが、若年性の多動や注意欠陥障害、及び凡ゆる精神症状と言うのも、やはり、身体状態が悪い故に多動となり、注意散漫となり、そして自律神経系の過剰亢進が伴ってとの結果論にしか過ぎず、その結果論的症状に対して抗うつ薬覚せい剤を投与したところで、いつまで経っても治る訳もないどころか、無駄なリスクを背負うばかりなのである。例えば、これも別例を挙げてみよう。加齢に伴う脊椎変性疾患の代表格は脊柱管狭窄症と診断が挙げられるものであり、間欠性跛行を主訴とするものである。
その多くは中長期歩行動作に伴う筋緊張及び重力下に於いての行動により派生する椎体間の易狭窄より、椎間孔の狭窄が優位となり、当該神経支配領域の圧迫から下肢痛へと発展していくものであるが、これらの病態に対して、リリカやトラムセットやサインバルタを飲ませても治るのか?と言う事であり、治るどころかリスクしか背負わないのと同じである。
このように、確かに診断と言うものが存在し、確かに、そのような診断に基づいた症状を軽減及び改善自覚させる薬物が存在したとしても、結局は、原因が器質的(現行医療や学会定義では器質的異常は「ない」と現段階では定義付けしているかもしれないが)であり、且つ中長期服薬に伴いリスクが増加していく薬物と言うのは極めて多く、激烈な痛みから初期的に逃げる事は出来たとしても、それを良い事に長きに渡って服薬し続けるとリスクばかり増大していく事が分かると思う。

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  ~針治療から病態定義の見直しを~