藤原航太針灸院

痛み・痺れ・麻痺・自律神経症状の難治例の検証と臨床

「慢性腰椎神経根症に対する仙骨硬膜外ブロックは無効」と言う論文から見えてくること


腰椎椎間板ヘルニア、腰部脊柱管狭窄症、腰椎すべり症、はたまた非特異的腰痛症などに対して、整形外科診療所でしばしば施行される仙骨硬膜外ブロックに関する論文が、2011年にBMJというイギリスの医学雑誌に発表されました。12週以上神経根症状の持続した患者を対象とした無作為化比較試験です。ステロイド、生食ともに無効であったとの結果でした。臨床経験の印象と一致していますよね。以下に内容を抜粋して引用します。
「慢性腰部神経根症に対する仙骨硬膜外ブロック、他施設盲検化無作為化比較試験による比較」
硬膜外のステロイドや、生食は、急性期の腰椎神経根症に、短期間効果があるかも知れないと言われている。しかし、亜急性期や、長期の効果は不明である。今回のRCTの結果、仙骨硬膜外の生食注射とステロイド注射は、慢性的な腰部神経根症に効果がなく、12週以上疼痛が持続する患者には勧められない。
目的:生涯の腰部神経根症の有病率は男性5.3%、女性3.7%。椎間板突出が原因のいわゆるヘルニア場合、23-48%は自然と軽快するが、30%は、1年以上症状が残存し、20%が仕事ができなくなり、5-15%に手術を要する。★(後述)機械的刺激により神経根局所の炎症性サイトカインが上昇し、異所性の神経発火が生じる。
1953年以降、硬膜外にステロイド注射が行われるようになり、ステロイドがこのような炎症を抑えると考えられてきた。しかし、その効果は、相反する報告がなされてきた。短期間の効果を認める報告もあれば、プラセボと変わらないとする報告もある。最近の報告は、硬膜外のステロイドもしくは生食は有効とする物が多い。
硬膜外注射の一年後フォローでは、36-43%程度有効とされるが、自然経過と大差がない。それでも、たくさんの仙骨硬膜外ブロックが世界的に行われている。今回は慢性腰椎神経根症に対する仙骨硬膜外ブロックによる、ステロイドもしくは生食注射の効果を6週、12週、52週で評価する。
デザイン:マルチセンター、盲検化、ランダム化比較試験。北ノルウェイ地区(114万人)の様々な専門分野(一般開業医、脳神経外科、整形外科、カイロプラクティック理学療法士、)の外来患者を5箇所のノルウェーの病院に集め、行った。慢性腰部痛の定義: [神経根の範囲に一致した感覚、反射、運動障害を伴う、腰下肢痛。12週以上持続。偏側の症状のある患者を募集。
対象:2005年から2009年の間の、12週以上の461名が参加を検討し、神経内科医が診察を行い、その内328名が除外された。除外基準は、馬尾症候群、麻痺、重度の痛み、脊椎の注射、手術の既往、変形、妊娠、授乳、ワーファリン治療、NSAID治療中、BDM>30、コントロール不良の精神疾患、重度の合併症。MRIで巨大なヘルニア、脊柱管の狭窄、腫瘍等も除外された。さらに、Studyが始まるまでに症状が改善したヒトも除外され、結局は109名を検討した。 
インターベンション:コンピューターによるランダム化を行い、プラセボとして、生食2ml皮下注。30mlの生食仙骨硬膜外注射もしくは、40mgトリアムシノロン・アセトニド(ケナコルト懸濁液と同成分だが、懸濁液は、国内硬膜外適応なし。)。2週空けて、2回注射。麻酔科医が、手技を行った。患者、評価者にはブラインド化して行った。
理学療法士、医師が6週、12週、52週に評価した。メインアウトカム評価:プライマリアウトカム:ODI、セカンダリアウトカム:EQ5D(QOL)、 VAS、腰痛、下肢痛解析方法:ITT解析。二乗検定の他、線形混合モデルを用いて、時間的要素を補正。背部痛、下肢痛の期間、スタディ参加前の休業期間を補正して評価。スタッティクパワーを80%としたパワーアナライシスで、各グループ41名以上の参加者が必要だった。
結果:Fig1。最終的に116名が参加した。初回注射までに改善した5名は注射を受けなかった。初回の注射の痛みのため、2回目の注射を希望しなかったものが6名いた。患者背景をTable3に示す。L4/5、L5/Sの椎間板ヘルニアを認める症例が多かった。アキレス腱反射のみ、生食硬膜外注射グループに多かったが、その他は差が無かった。
全例侵襲後に改善を認めたが、ODI, VAS, EQ5Dは群間に差が無かった。病院間の差も無かった。分析は、下肢痛腰痛の罹病期間、病気の休業期間で補正しても、同様に差がなかった。
FABスコアは、52週時点で有意に改善していたが、群間に差が無かった。15名が、期間中に手術を受けたが、群間に差が無かった。ITTなので、手術患者も含めて評価した。最終時、27名に神経根症状が残存していた。考察: 仙骨硬膜外ブロックには充分なエビデンスがなく、どのくらいの用量が良いかもわかっていない。これまで5つのRCTがあり、一つを除き、効果が無いとするものであり、そのひとつも、ODIに充分な改善(8点のみ)があったとは言えなかった。
たくさんの量の注射をすれば、炎症物質を洗い流せると考えられてきたが、今回の研究では、皮下注と硬膜外に差が無かった。おそらくは、自然経過と変わらないのであろう。リミテーション:椎間孔注射(神経根ブロック)を検討していない。結語:仙骨硬膜外の生食注射とステロイド注射は、慢性的な腰部神経根症には勧められない。
イントロダクション
慢性腰部痛の定義: [神経根の範囲に一致した感覚、反射、運動障害を伴う、腰下肢痛。12週以上持続。] Oswestry Disability Index:世界で最も広く使用されてきた患者立脚型の腰痛疾患に対する疾患特異的評価法のひとつ。FABQ:fear avoidance beliefs questionnaire:恐怖回避信念の質問用紙。ISPA。心理的因子、とくに痛みに関する非機能的信念や痛みへの恐れが、慢性の運動器痛(筋・骨格系の痛み)の進展に鍵となる役割を果たしている。
神経根ブロックはどうか?
神経ブロックは最も一般的な侵襲的診断方法である。理論は単純であり、ある解剖学的な構造が痛みの発生源である場合、その部位を支配している感覚神経を麻酔する事で少なくとも一時的な除痛を得させる事が出来るというものである。頚椎と腰椎の椎間関節を支配する感覚神経のブロックについてその理論と構造学的な妥当性が証明されてきた。
選択的な神経根ブロックは、神経根由来の痛みの確認において感度が良く、特異性が高いとのエデンスがある椎間孔への選択的神経根ブロックは相反する結果であるが、様々な報告によると、腰椎神経根性疼痛に対しては短期間の効果はあるようだ。ステロイドについては、局所投与でも、全身的投与でも肩関節の痛みに同等の効果をもたらしているため、現在広く使用されている運動器痛に対する局所的なステロイド注射が有効であるかは懐疑的である。
Effect of caudal epidural steroid or saline injection inchronic lumbar radiculopathy: multicentre, blinded,randomised controlled trial
BMJ 2011;343:d5278 doi: 10.1136/bmj.d5278 IF:13.4
Iversen T, Solberg TK, Romner B, Wilsgaard T, Twisk J, Anke A, Nygaard O, Hasvold T, Ingebrigtsen T.Source Department of Rehabilitation, University Hospital of North Norway, 9038 Tromsø, Norway
2010 International Association for the Study of PainISAP
Dooley JF, McBroom RJ, Taguchi T, Macnab I. Nerve root infiltration in the diagnosis of radicular pain. Spine 1988;13:79–83.Lord SM, Barnsley L, Bogduk N. The utility of comparative local anesthetic blocks versus placebo-controlled blocks for the diagnosis of cervical zygapophysial joint pain. Clin J Pain 1995;11:208–13.
★>>機械的刺激により神経根局所の炎症性サイトカインが上昇し、異所性の神経発火が生じる。1953年以降、硬膜外にステロイド注射が行われるようになり、ステロイドがこのような炎症を抑えると考えられてきた。
 
★の部分について
神経根局所(椎間孔部)のインピンジメントも高度になれば局所炎症が生じ炎症メデュエーターも発動するかもしれないが、仮にも局所炎症が生じ、且つ炎症部位に神経根が存在したとして、罹患部位が「異所性発火」と言う状態を呈していくと言う概念自体を疑う必要がある。
神経支配領域(作成者によってバラツキがあるのでココの議論は割愛、且つ臨床に於ける症状自覚領域に関しても割愛)に即した症状が生じたとしても、それは神経根由来ではなく、同脊椎高位に存在する神経根より更に中枢部の感覚神経に存在するDRG由来であると推測される。この部位に関しては僅かな温度や気圧、PH変異、張力、牽引力等を過敏に察知する侵害受容器が存在し、支配領域に即した症状を呈する事になると推測される。
且つ、今論文に関しては、あくまで「急性期であれば奏功する場合もあれば、慢性期であれば奏功しない」を主とした内容であり、急性期の炎症憎悪期等であれば、仮にも腰椎硬膜外ブロックや仙骨硬膜外ブロックのような比較的広範に薬剤の浸潤が可能である手段の場合、選択的な神経根ブロックとは異なり、脊椎高位が仮にも僅かに異なれど、有効治療となる事が考えられる。
「異所性発火」且つ「炎症が常に持続的に神経根部で生じ続けている」、と言う概念で話を展開していけば、慢性期には抗炎症作用を持つステロイドが効果が無いのは「不思議だね」となるのだが、慢性期に関してのそもそもの疼痛機序が「炎症」でなければ、この話は最もな話になる。
回りくどくなるが、「異所性発火」、「慢性期でも患部では炎症が持続している」と言う既存の概念の場合、慢性期に於ける各種硬膜外ブロックは無効治療となるのは「不思議だね」、「効かないね」となるのだが、「慢性期の疼痛機序は炎症ではない」と言う概念で見た場合、それは当たり前の事になる。今回は「ステロイド」であり、「キシロカイン」や「リドカイン」等の麻酔薬ではない。
【故・横田敏勝教授(滋賀医科大学)は、『痛みのメカニズム』で次のように解説している。「痛覚受容器を介さずに神経線維からインパルスが発生することを異所性興奮という。異所性興奮が生じる可能性が高いのは、脱髄部および傷害された末梢神経の側芽と神経腫である(p211)」。】が異所性発火の根源的概念になるのかもしれないが、
日常生活を営む程度の力で末梢神経が脱髄や傷害を受け、それが「痛み」や「痺れ」に展開するのかと言う事に関しても疑問を持たねばならず、この観点を容認したまま凡ゆる傷病に対し、この理論を肯定してしまうと、早い話が日内変動、姿勢に伴う寛解憎悪の整合性が無くなる他、全ての症状が、先のステロイド等の抗炎症剤で全ての症状が改善しなければならない事になる。
侵害受容器が存在しない箇所が損傷し異所に症状を発生させる為、「異所性発火」と呼ぶ。侵害受容器の存在する場所を損傷して症状が発生するのは「異所」とは言わない。故に、神経根部で生じた症状は「異所性発火」と名付けられている。
今件は脊椎変性疾患の慢性期に於ける抗炎症作用を持つ薬物の無効性が記述された論文ではあるが、世には〇〇炎と呼ばれるものは多い。腱鞘「炎」、肩関節周囲「炎」、鶩足「炎」等々である。さて、これらも既存の概念では炎症を軸に考察された症状説明ではあるが、仮にもこれらも炎症を起因とした症状であれば、極端な話、抗炎症剤で「治る」だろう。しかし、その多くは治ってはいない。
仮にも、痛いなりにキャパの低下した状態で無理に動けば微細な炎症は局所に生じ、局所に生じた炎症に対しては有効かもしれないが、本態とは異なる。今更「そもそも炎症とは…」と野暮な話はしないが、何年も何十年も同一箇所にシップを貼って治っていないジジババを見ていれば、それも十分なエビデンスになる。
これらの症状群に対して神経因性ではなく血管因性説を唱える人間もいるが、血管因性であるならば、絞扼~圧迫箇所「から」遠位部全般に対して症状が出なければならない。
これを仮にも基礎医学者的には、神経根に対して麻酔でブロックを行えば、末梢遠位部の様々な症状とて消えるだろうと言う意見を提示している。確かに、その意見は最もな事だと思うが、仮にも針(薬剤を入れない注射針、ドライニードリング)で同様な処置をした場合でも症状が改善している事に対して、まして、神経根に直接刺入せず、近傍への刺入による神経への栄養を望むだけでも症状が改善している事実に対し、どのように反論してくるだろうか。
末梢神経は運動神経と感覚神経が1本の神経群として走行しているが、何故、手根管症候群胸郭出口症候群や斜角筋症候群、梨状筋症候群等々は圧迫及び絞扼等を由来として「痛み」や「痺れ」と表示され、橈骨神経麻痺や正中神経麻痺等々は、その名の遠り運動及び知覚を脱失した「麻痺」となるのだろうか。
これは、手根管症候群胸郭出口症候群、斜角筋症候群等々の定義自体を見直す必要性もある事を示唆する。何故なら、これらの症候群は先に書いた「異所性発火説」と根源的な理屈、解釈は同様であり、「異所性発火説」が否定された場合、これらの症候群も全て病態定義が誤りであり、且つ、各症状(症候群)に於ける神経学的検査も誤りである事を認めざるを得なくなる。

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