藤原航太針灸院

痛み・痺れ・麻痺・自律神経症状の難治例の検証と臨床

向精神薬由来症状/離脱症状の安全な取り組み方の検討と治療 2

~ベンゾを代表とする離脱症状とはそもそも何者なのか~

自律神経(交感神経/副交感神経)の1つ、交感神経の持続的な亢進は多大な影響を全身に反映させるのは既知の事実です。この度は簡単な基礎概要と現場での治療反応性を僅かに踏まえながら以下に続きますが、個人的に一層不安視している状態は、交感神経↑(CRH↑、ACTH↑)によるコルチゾル↑よりも、左記の事情が継続する事による(未だこの段階では健全な内分泌の活動が行われている証拠)ネガティブフィードバック後の問題と考えています。

しかし、その前段階では体内で何が起きているかを学習する事と、この段階で食い止める重要性を知る事が出来れば、早期的に体内事情を把握でき、回復へ繋げられるのではないかと思います。以下はベンゾ系の離脱症状の問題も絡みますが、自律神経の異常は身体と精神に大きな影響を及ぼし、誰しも起きうる可能性を秘めています。

実際の現場では、特に初診患者の大半は中途半端な症状、状態では来ません。医療に見放され、薬漬けにされ、社会的に殺され、強いenvyを抱えた大半が寝たきりの事態と現状は、見方を変えれば私自身の社会的信用度、信頼度が低い事を意味するのかもしれません。只、そこから見えてくる患者像、病態像、臨床反応像、過去の治療歴情報等々は、決して価値の低いものではありません。

話は戻し、交感神経が持続的に亢進する事で起きる基礎的な体内環境としては、血糖値上昇、免疫力低下、筋力減少、骨形成低下、外傷などによる治癒遅延等の他、海馬を有名とする脳細胞の萎縮、ニューロンの生成阻害、また、先天~後天問わず、骨格の構造的問題で派生する脈管系の異常走行による易損傷性やそれに伴う易症状自覚、遺伝的要因、各種内臓器の脆弱性を抱える部位や、抗重力筋を主とする頻回使用部位から症状を発し易い印象を、服薬前の既往疾患を伺う事でも見えてきます。

また、数年前にも反跳性筋硬直の易発症部位が、可動域の高度な脊椎高位から走行する体性神経由来の印象も挙げ、脊髄細胞膜の栄養血管が椎間孔近傍を経由する事より、当該部位近傍の動脈開大を求む手技とその治療反応性で発症理由を述べ、整形領域症状を抱える患者でも散見される当該脊椎高位の体性神経の罹患に併発する内臓器の自律神経異常との関連性を、自然発症性及び薬剤性由来で検討してきました。

人間は生きている限り自律神経が機能し、程度の差こそあれ闘うか逃げるかの選択を随時各々の器官で働かせながら過ごす生き物であり、その時に出る状態のみを切り取って症状と評価するのは難しいものですが、常時身体~精神~環境ストレスに暴露し、経時経年で恒常性が効き難くなった身体から発生した状態は得てして不要な産物であると捉えられ、その持続性と不自由さにより、状態から症状へと名称が格上げされるのでしょう。

自己の体内で否が応にも起き続けるベンゾジアゼピン系薬物による離脱症状の簡便な考え方は、自己制御が到底出来るものではなく、回避出来ない自己生成による持続的且つ強大な交感神経の亢進と捉えるのが早いと思います。自律出来ない=恒常性が効かない状態となり、悪循環は止まらなくなります。また、人間は過去に患った症状であれば、仮に罹患したとしても精神衛生は保たれるケースは多いものの、溢れ出る未知の症状群と、誰にも理解してもらえない状況に健全な心理状態ではいられなくなります。

それに付け足し、薬物の反応部位を鑑みる限りでも、延髄や橋、中脳の脳幹と呼ばれる部位から発する諸症状のみならず、大脳や小脳に及ぶ広範囲に影響を受けた状態が厄介さに拍車を掛け、ω2に反応を及ぼすベンゾは、脊髄細胞膜のGABAへの影響も多大であると推測される事から、元来標榜する筋弛緩の逆転現象となる離脱症状期には、極めて強い筋緊張や筋硬直を呈する場合も散見されます。

症状自覚部位と増悪理由は一見求心性であるものの、原因は遠心性によるものです。即ち脳と脊髄です。「〇〇病は〇〇仮説で仮説の域を脱しておらず脳神経伝達物質云々は関係ない」旨の話も散見されますが、ベンゾ系は何処に反応を及ぼし、何を弄っているでしょうか。その仮説で薬物は完成しており、服薬する事で本説へと切り替わる事実を今一度受け入れなければなりません。何れにしても、中枢神経が改善しない限り糠に釘を刺し続けるようなものです。

自然発症性の場合、症状成立に至る体内事情は類似するものの、原因の多くは外部にあります。人間関係や仕事内容など多岐に渡ると思われますが、これらは患者が回避や排除、又は見直しや考え方を変える事などで発症原因と対峙出来ますし、自然発症性は薬剤性と異なり恒常性が極めて良好な場合も多い為、回復速度も著しく良好且つ安定的です。

只、自己生成され続ける内部原因として強大な交感神経の亢進が持続する場合、体内の根本的な機構の回復が大前提となる為、回復速度は著しく不良且つ不安定で、原因は自分自身の脳や脊髄を理由とする為、幾ら足掻いても、否、足掻けば足掻くほど深みに陥り続けるのが困難性を高める1つの理由です。

改めて書くと、薬剤性は脳幹や間脳を主とする自然発症性とは異なり、大脳や小脳を由来とする諸症状も混合してくることが事の重大さを露呈し、多種多彩な症状は如何なる状態に陥っても珍しくないとする姿勢で患者を見る必要があり、如何なる症状が出ても不思議ではないとする覚悟も患者側には必要です。

そして、如何なる状態に陥っても不思議ではない為、私は〇〇病や〇〇症候群、〇〇障害とする、症状の切れ端を切り取って寄せ集めた名称を前提に話を進ませないのです。どのような病名や症候群名、障害名が付いたとしても、それが一体何の意味があるのだろうかと、そこに気が付く事で大きな一歩を踏み出せるのかもしれません。

症状の原理原則はベンゾ離脱にも幸いにも存在するのか、急性期と慢性期の隔てはあり、この段階は世間一般で言う統合失調症の陽性症状と陰性症状と極めて類似しますが、現症状から病名を探し、メジャーを飲むなど見誤ることなくベンゾ離脱であると認識し踏み止まるケース、また、服薬前や極短期の服薬で踏み止まるケースが増えているのも、ベンゾ系の危険性が年々表面化している証拠かもしれません。

只、危険性や有害性が表面化しただけでは、恩恵を受けられるのは服薬前の方のみかもしれませんし、知ったばかりに発生する弊害も小さなものではありません。大切な事は今を苦しむ方に対し、如何に安全に社会復帰が達成出来る手段を勘案し続ける事でしょう。

~自然発症と非自然発症との病態解釈に壁はあるのか~

何処までを自然発症の枠で表現して良いかは困難で、上位下位運動ニューロン神経変性疾患の類や、腫瘍その他の肥厚や骨化骨棘に伴う神経圧迫や内分泌異常、自己免疫疾患や易負担部位や術後の癒着や構造的な不安定惹起の問題、同一姿位や同一運動を強いられ、非生理的に脊椎が曲線を描いた事で生じる末梢/中枢神経障害や、成長過程に伴う脊椎に脊髄の成長が追随出来なかった末の末梢/中枢神経障害、各関節の摩耗や圧壊も自然発症の範疇かもしれません。

そのように考えると自然発症以外とは、事故や怪我等の非日常的な高エネルギーが関与したものや、感染や薬剤等の自然界とは関わりの少ない因子で発症したものとなるでしょう。しかし、自然/非自然問わず考え方は然程変わるものではなく、何が原因で損傷を来したかの因果関係を探し続けるよりも、症状継続理由や損傷度合いが問題で、損傷部位と症状内容を気にしてもどうしようもないのが、選択的な加療が不可能となる脳細胞群から惹起される症状群と捉えています。

ベンゾ1つ取り上げても、脳や脊髄の何処がどのように損傷を来すかは1人1人異なり、表現方法も異なります。そのような雲を掴む検討をし続けても答えは一生出ないですし、考えるだけ時間の無駄と捉えています。ベンゾ離脱は極めて多種多彩な症状を惹起し、服薬中/減薬中/断薬直後から断薬後まで継続するケースが多く見受けられますが、それは不思議な事ではなく、ベンゾが傷めたから継続するとシンプルな考察で十分で、波及する全身状態への反映は、症状群をヒアリングする事で罹患部位は中枢神経系であるのは明白です。

また、「離脱を理解しているからこのような薬を出す/このような減らし方をする」「理解していないからこのような薬出す/このような増やし方をする」とする感覚は、ベンゾ離脱が抗うつ薬やメジャーに反応にする事に喜々とする雰囲気に似ており、治るではなく楽になるチョイスが将来の選択肢を失っている現実もあります。先述した通り、薬物で傷めた脳や脊髄を、薬物でアクセルを踏んだりブレーキを掛ける行為の将来がどうなるかは、それがアゴニストであれアンタゴニストであれ多くの方が既に経験されています。

楽を選ぶと将来性が失われるとは社会の縮図を見ている印象もありますが、良いも悪いもあらゆる経過を追跡している限り、そのような実情はあります。何れにしても、症状とは今困っているから症状と表現するのであり、階段を歩けば膝が痛いが、階段が存在しない世界では症状にはなりません。手足や歯が無くても本人が困っていなければ、それは症状にはなりません。その位の柔軟性を持ち、治療とは、症状とはを考えたいと思います。

如何なる理由であれ、細胞の回復には何が必要かと問われれば、それは血液であり酸素である事には変わりません。ベンゾ離脱は極めて厳しい交感神経症状の継続と表現しましたが、交感神経症状の継続は、各種細胞群の低栄養状態の継続的な暴露です。細胞にとっての低栄養とは酸欠です。低酸素を示します。では、ベンゾ離脱の前に、元来脆弱性の在る部位で説明すると理解も早いと思います。

得てして酸素要求量が高度な部位が易損傷傾向を示し、脳細胞群に於いては、内耳神経のコルチ器や網膜が示唆されている事より、難聴や耳鳴、聴覚過敏や膨張感、閉塞感、また、これら蝸牛神経由来のみならず、並行的に走行し、後に合流する前庭神経由来と思しき目眩やフラツキ等の平衡感覚の失調、網膜を由来とする眼精疲労や光過敏、眼底痛、視野狭窄、視野欠損、飛蚊症等が訪れ易い印象を持ちます。

勿論、上述した症状群も、他の脳神経が複合的に関与しての可能性も十二分に考えられます。個人的には三叉神経や迷走神経が次いで多い印象を持ち、また、脳神経が単独で侵される事は万に一つもないと思う為、一概には言えない部分はありますが、比較的健康とされ、脊椎の生理的曲線を持つ構造的異常が少ない人間が身体/精神負担で発症し易い部位は、上述したように酸素要求量が高い、又は消費量が高い部位が易症状自覚として挙げられ、現場でも反映されている印象を持ちます。

ベンゾ離脱でも症状の内容や表現方法は何であれ、内耳神経や網膜/視神経を由来とする症状群は目立ちます。これはベンゾが惹起した脱抑制状態が脳の過興奮で当該部位を低酸素に追いやり、基礎身体の脆弱部位から損傷させた/症状として現れたと考察するのが自然です。

過興奮で細胞は燃え、以後の焼け野原となり低酸素に陥った細胞群の現行的な回復手段を向精神薬を除いて復習します。急性期はNSAIDsやステロイドの投薬、鼓室内へのステロイド注射、慢性期は血流改善を促す薬物や高圧酸素治療が一般的です。

これらは自力回復を促す手段ではあるものの、現場では全て過去治療が無効となる自力回復が不可能な状態が並ぶ重篤例となりますが、治療反応を含む印象では、症状の強さが治療成功と比例していません。スケールアウトだから治らない訳でもなく、軽度難聴だから治る根拠も治療前には判定不能な印象を持ち、罹患部位の損傷度合いだけでは判定が出来ない奥深さがあります。

また、脊椎由来の整形領域疾患で例えればより理解は早いかもしれません。症状表現部位は主にC5/6、c6/7、L4/5、L5/Sに偏ります。これは各当該関節のROMに依存し、自由度が高いほど壊れやすい事を意味し、それが易症状自覚部位となります。上述の体性神経並びに自律神経由来の症状群とて、患者層にも反映されています。

~再服薬から断薬後までの経過から離脱症状の病態を推測する~

常用量離脱症状含む離脱症状とは如何なるものかを、苦肉の策ながらも再服薬した後の状況や、断薬後の状況まで追跡する事で、ベンゾの特性や性格が見えてきます。減量により身体/精神症状が惹起され、時系列的に離脱が濃厚なタイミングでの間もない再服薬、そこから再減量後の経過等で例を挙げるとイメージが沸き易いと思います。

ベンゾは概ね脳及び脊髄の鎮静や抑制を見込む反応を引き起こすのは既知の事実です。その離脱時は逆転現象となる不安や不眠、痙攣、筋緊張等などが主に惹起される懸念があります。その他の症状も数多く出ますが、症状群を読み解く限りでも、脳/脊髄全域に幅広い問題が起きます。

レセプター損傷や自己分泌能力の減退、器質的障害に至るかは現行の検査機器では描出出来ない為に不明です。只、器質的障害の有無はさて置き、機能的障害として多大な影響を及ぼすのは事実で、其処から垣間見える状況はあります。度々ながら、ベンゾ離脱は交感神経の継続的な亢進、それに伴う過興奮により低酸素/低栄養で派生する細胞破壊に見受けられます。この部分はシナプスニューロン破壊で例えても良いと思います。

これらの事情で、説明の付き易い左右12対存在する脳神経異常や青斑核異常、神経心理学的障害(高次脳機能障害様症状)や運動失調、上位下位問わぬ錐体路及び錐体外路異常(神経学的検査の陽・陰性反応は意味がないと思います。上位のみでは陽性傾向にはなりますが、下位も増悪していれば陰性傾向になる為、参考材料にはなりませんし、検査で症状が解決する訳でもありません)、脊髄由来と思しき症状群が星の数ほど表現されます。

あまりにも多くの症状が惹起される為、何処の部位がどうとの生理解剖的な説明は出来なくないものの、最早正解かどうかも分かりませんし、説明だけで治るなら夜通ししますが、説明だけで治る人は誰一人いませんし、治療上は罹患部位に選択的に栄養を及ぼす事は出来ず、脳及び脊髄全般に至る手段しか取れない為、症状の内容は何でも良い、よく分からないとする後ろ向きに聞こえる説明しか出来ないのも現状です。

その理由に、先ほどわざわざ脳神経が左右12対存在するなど書いた理由も、過去には12本も存在しない学問で話は進められてきました。中枢神経はひとたび損傷したら回復しないと説明がされてきました。近年では中枢神経に新たなリンパ管が発見されました。人間の身体は臨床理論のみならず、基礎理論すら不確実なのです。また、脳や脊髄の手軽に切り拓く事の出来ない分野は書き手により全く内容が異なる為、断定的な表現をするほど滑稽な感覚が私自身にあります。

では、この上述理由が減量で発症後、同量まで再服薬し、症状に平衡が取れた場合で話を進めますと、これは恐らく罹患細胞の機能~器質障害が回復したのでなはく、単に上塗りされた状況でしかない事を、その後の再減量等の経過を追跡する事で見えてきます。

例えれば、凹んだ車のドアを内側から叩いて成形し塗装をしたのではなく、パテで埋めて塗装をした状態が、再服薬で曲りなりにも吊り合いの取れた状況であると推測します。前者が根治的な対応に近くなりますが、後者は対処療法的な対応になり、どちらが以後の安定性が高いかは明白です。

ベンゾは散弾銃のようなものだと私は例えています。何処にどのように反応を及ぼすかは未知ですし、全く効かない人もいれば直後にぶっ倒れる人もいます。それ位バラつきがあり、それが医療用量である事は関係ありません。

その為、仮に全く効果自覚がない訳でもなく、卒倒もしなかった丁度良い辺りで中長期的に服薬し続けた弊害も、いびつ且つまだらに反応は起こし、後の症状と訴える異常へと繋がるものと推測されます。

改めて書くと、再服薬による症状の改善自覚は内側からドアを叩いて直したのではなく、いびつ且つまだらに凹んだドアをパテ埋めし、塗装された状態なのでしょう。結果、仮に再服薬で症状の改善自覚が得られても、その後に僅かでも量を動かそうものなら、以前よりも軽微な量で症状が鋭敏に惹起されるのかもしれません。

これがベンゾはワンチャンスである理由、チャンスが少ない理由、幾度となく服薬と休薬を繰り返す内に効果自覚が無いばかりか凹みは深くなり、時として新たな凹みが作られたりするのでしょう。

凹みが更に深くなるとは既存症状の増悪を意味し、新たな凹みとは新規症状の惹起を意味します。よく聞く話で、同量への再服薬で症状に変化がないのも、用意したパテとペンキの量では足りない程に深く凹んだからなのかもしれません。

上述理由の傷が深く広範囲である程、急性期(進行期)となる症状増悪期は延長され、且つ効果自覚が全く得られない状況を一般的にキンドリングと称しているのかもしれません。

呼び方は何であれ、症状には必ず急性期、停滞期、回復期が存在しますが、休薬と服薬を繰り返す行為は急性期を繰り返す行為と同義となり、確実に傷を深くするだけの印象を持つ為、一気断薬は高リスクとなり、極めて軽微な減量で細胞破壊を極力防ぐ手段が推奨される理由となり、具合の悪い時に減量をしても一層具合が悪くなるだけの理由になり、内側から叩いて凹みを直してからでなければ、一層傷は深くなる理由にもなります。

その為、前項で述べたステイで亢進してもステイ案が安全且つ低リスクな手段になり、最近の流れであるステイして亢進したら減量しかない手段は高リスクになります。何れにしても、今、なんで困っているかを振り返れば、身体/精神症状が落ち着かない事に困っているからであり、服薬している事に困っているのではないと思います。

身体/精神症状の惹起因子が今の薬物であると既知した事で、手っ取り早く休薬したいと様々な手段が試みられていますが、状況を見る限り、今現在が如何なる状態であれ、直近量でステイ期間を長く持つほど症状は落ち着きを見せ、安定しているケースが圧倒的に多い印象を持ち、以後に減量を検討するタイミングでも高い安定性が保持出来るのは言うまでもありません。日常生活への復帰や社会復帰等々の人間としてのトータルメリットを踏まえれば、薬物で現況が在ると既知とした場合でも、決して焦ってはならない事が分かります。

向精神薬は危険な薬物である事は重々理解しているつもりですが、反向精神薬を根底的な思想とする発言や媒体も危険な症例を生む因子になっているのは数年来述べてきました。向精神薬は感情に身を任せて止めようものなら死を招くほど危険なものです。

~断薬後に継続する離脱症状から常用量離脱症状の病態を推測する~

断薬後に継続する離脱症状から常用量離脱症状を考察する事も必要です。如何なる理由に関わらず、脳神経細胞や脊髄細胞が急性期のタイミングで傷み、その傷め方を極力低値で収束させる手段がステイとなり、急性症状を惹起させずに細胞破壊を極力阻止する手段が漸減となり、急性期を力ずくで抑え込もうとする手段が増量となるものの、傷んだ脳神経細胞や脊髄細胞が漸減や増量で回復する直接的な理由にはなりません。

これらの手段は細胞損傷の度合いを低値で抑える手段でしかなく、罹患細胞の回復に恩恵を齎す手段ではないでしょう。現実問題とし、断薬から5年10年に渡り離脱症状を残存し、その後に治療介入となる例も数多く、また、其処から見えてくる治療反応性より、今現在、如何なる形であれ服薬中且つ常用量含む離脱症状を惹起している身体環境も見えてきます。

取り止めのない話ですが、人間は何故死んだら生き返らないのでしょうか。栄養を送るバイパスが新設される事無く、栄養供給が不十分となった為です。自発呼吸が出来なくなった時点で人間は原則的に死にます。

この理屈は何にでも当て嵌まります。例えば小指PIPより遠位の名も無き末梢神経を断裂しただけでも、罹患部位より遠位は運動異常/知覚異常/麻痺様状態が起き、DIPの運動障害や温冷覚/痛覚は脱失します。これも1つの細胞死です。只、生きている限りバイパスが新設され(人間の場合は血管新生や神経新生という表現が適切かもしれませんが)、症状が回復するケースがあります。

その何故は障害/損傷部位の酸素要求量は健常時/非損傷時より高まる為に回復に至る/至り易い事も1つ、そして酸素を口や鼻から供給出来る身体状態であるからに他なりません。逆説的に自力回復が出来なくなった理由もこれで分かります。

人間はポジティブ/ネガティブ問わず、環境に合わせて自律神経が否応なしに反応し、血管を収縮/拡張させ、当該部位を適応させようと機能し、各種ホルモンが機能しながら危険信号である事を全身を通して教えてくれますが、その自力回復の部分を向精神薬は弄る為、事情が混沌且つ推移も不安定になるのでしょう。

恐らく、断薬後に継続的に抱える離脱症状群は、薬物反応部位の耐性獲得又は如何なる理由でも起きた薬物の途絶に伴う軽重問わずの細胞損傷による、当該罹患部位から発症する状態と見る事ができ、例えば、細胞分裂の際にコピーエラーが5年10年続いたがん化の理屈とも異なる為、一般的に呼称される遷延性離脱症状群は、当該罹患細胞が回復していないからと言う推論を立てる事は出来ます。

只、何故常用量含む離脱症状群が極めて不安定且つデリケートに居続けるかと言えば、先に述べたように恒常性が破壊されている為、あらゆる身体/精神/環境ストレス耐性の閾値が極めて低いからに他ならず、都度症状は増悪自覚をし、その増悪因子の取得状況により、雪だるま式に悪循環を招くのかもしれません。

脳や脊髄は見え難い部位でもある為、イメージもし難い側面はありますが、これを度々の脊椎の末梢神経疾患で捉えると分かり易いものです。腰を傷めた時に腰に負担を掛け続けるともっと痛くなるのは誰しも知っていると思います。

常時負担で当該軟部組織の栄養供給が不安定となり柔軟性は失し、当該部位を走行する神経の牽引力は増大し、罹患神経は炎症後に浮腫み、椎間孔との骨性の易インピンジが更なる炎症/浮腫を生じ(神経内部の栄養供給は不安定となり、外部は容積変化を生じて易インピンジとなる)、症状自覚の閾値も低値となり、場合によっては椎間板は突出/脱出したり、椎体間の狭窄は高度となり不安定も増せば再燃性も高まり、更なる悪循環が招かれ、ファンクショナルに限られた症状自覚では済まない理由になります。

只、末梢神経系疾患は当該原因部位への栄養をツール的にも直接的に求められるメリットがあり、幾ら骨性の変形や奇形が生じており、当該部位を走行する脈管系の位置異常や伸収縮度合いに変化が及ぼされていても適応力は高い印象を持ちます。片や中枢神経系疾患は間接的な栄養になる他、選択的な栄養を及ぼせない為、仮に改善しても病態部位が判断しかねるデメリットがあります。とは言え、これは術者の都合なので良くなれば何でも良いという観点を持つ患者であれば大きなメリットになるでしょう。

脳幹や小脳は椎骨動脈が栄養し、大脳は内頸動脈が栄養し、脊髄は神経根近傍を栄養血管が経由します。上部胸髄から分枝し、頭内全般の血管径の担当は頸椎前部に近接する交感神経節の類となり、然らば処置部位は限定的となるものの、末梢部位から中枢神経に直接的な栄養を及ぼせないジレンマは抱える中、脊髄分枝の上部胸髄へ併行して処置を行う有用性の検討段階に入っています。

交感神経症状は様々な症状を全身へ反映させ、上部胸髄は手指手掌手背への影響もある為、視覚的にも把握し易い部位で症状内容を列挙すると、発汗異常、発赤、疼痛、痺れ、知覚異常、運動障害、筋萎縮、骨萎縮が目立ちます。また、自律神経の中枢は視床下部であると思われる為、そちらへの栄養も引き続き蔑ろに出来ませんが、上頸/中頸/下頸交感神経節処置と併行する事で作用向上へ期待したいところです。また、左記理屈は腰下肢症状へは以前より行っている為、その応用でしかありません。

~ベンゾ離脱後の再服薬が突貫工事になりがちな理由を改めて考える~

先に書いておきますと突貫工事は否定していません。一気断薬でのたうち回っているより100倍マシです。大切なのは現症状がベンゾ離脱だと既知した場合の安全な進行とQOLの向上です。

恒常性の効かない強大な交感神経の継続的な亢進に伴う神経細胞の破壊を、ベンゾ離脱を基礎に持つ身体環境下で推測します。長期連用により神経適応したタイミングで減量/断薬した場合、抑制系のGABAの自己分泌能の生理的能力が奪われ、ベンゾの反応部位が継続的に興奮状態に陥り、興奮系アミノ酸/神経伝達物質であるグルタミン酸がGABA合成酵素グルタミン酸デカルボキシラーゼの影響を受けず、

合成されぬグルタミン酸が飽和状態による興奮性細胞死が生じた場合、同量の再服薬でも元症状まで調節/制御する事が不可能/困難となり、また、時間経過が長期に及ぶほど再適応が困難となり、上記過程を未知の場合、増量に次ぐ増量で症状どころか自分まで分からなくなるほどの薬漬けになる理由となり、同量及び少々の増量程度では急性期を除き奏功しない理由になると推測されます。

余談ですがベンゾ離脱がビオチン欠乏症に類似するのは当該酵素補酵素がビオチンである事に由来し、また、ビオチンやGABAのサプリ等による摂取が何処まで有効性を上げているかは不明です。個人的には再現性や確実性が低過ぎる印象を受けています。

血液脳関門を通過したとする研究もラット程度でしか私は未だ知りません。只、一酸化窒素が血液脳関門を破壊する可能性は示唆されており、脳に何かの既往を持つ場合(身体/精神/環境ストレス等の長期的暴露による破壊や外傷による破壊、今件の内因の興奮毒性による破壊、自己免疫疾患やアルコールの多量摂取による破壊、低酸素出生等による破壊、神経毒による破壊等々)、当該サプリでも異なる反応を示すのかもしれませんし、ベンゾの反応も異なるのかもしれませんが未知です。只、ベンゾ離脱を抱える多くの症例では、迷走神経にも多大な影響が及んでいる印象を受け、サプリどころか普段の食事も栄養されずに素通りです。

話は戻し、罹患部位では当該部位なりの症状が継続し、また、服薬と休薬は上記過程を繰り返すイコールとなり、短期作用型による投与間離脱が将来的にも危ない印象を持つ理由にもなり、それならば減薬手段の隔日法も危ない手段となる可能性も生まれ、常用量離脱の未知既知問わず、頓服的に服薬しているケースも経時経年と症状の増悪因子を抱える理由にもなり、新規症状が惹起される理由にもなると考えられます。

結果的に上記段階を経る事で、脳内環境はグルタミン酸からGABAを合成出来ず、グルタミン酸が飽和状態である故、ドーパミンその他を抑制するメジャー系を投与される症状群に溢れ、重度であればNMDA受容体の機能を抑制させる為にとNMDA受容体拮抗作用薬が投与され、神経細胞の破壊を防ぐ試みが行われていると思います。

この事から興奮性細胞死が生じた部位が、再服薬で継続的な回復が得られる事は恐らく無いと思われ、特に遅延的な再服薬により得られる事象は眠気や倦怠感程度で、既存の離脱症状である身体及び精神的な疼痛/非疼痛性症状に恩恵を受けるケースが殆ど見られない理由と考えられます。

これらの背景を抱えた症例群を追跡する限り、服薬中だから離脱症状の回復が不安定/遅延する直接的な理由にはならず、現段階程度の症状でいられるのは服薬しているからになり、減量で急性症状の惹起から細胞死へ繋ぐ懸念が生じ、現症状が再服薬で「治る」「治らない」の土俵ではそもそも話が出来ない理由になり、細胞死の生じた部位の機能/器質的回復に薬物治療が寄与出来ない/薬物が罹患細胞の栄養にはならない理由になります。

この辺りは度々の末梢神経症状で例えると理解が早いのではないかと思います。例えば脊椎の構造に異常が生じ、骨性のインピンジにより発症している整形領域的な神経障害はリリカやトラムセット、その他の鎮痛薬や向精神薬で治るでしょうか。どの角度から見ても100歩譲っても治りません。

疼痛抑制は何らかの形で成立させる事は出来ても、その疼痛抑制自覚が更なる脊椎及び末梢神経の損傷を生み、中枢神経に至るまで機能/器質的にも経時経年で弊害が及ぼされるのと同様、ベンゾ離脱の考え方も然程変わらないと思います。何れにしても罹患細胞が回復しない内、又はバイパスが新設されて代替/補完的な栄養による回復が得られない内、症状の改善が得られないのは末梢/中枢神経症状問わず同様かもしれません。

断薬後も数か月数年と症状が残存する理由を素直に考察すれば、当時何処かの時期で何らかの形で当該症状を発症する理由となる部位が損傷し、回復していないからとなります。この理屈も、現在服薬中/減量中の常用量離脱/離脱症状を抱える時期でも当て嵌まるのではないかと考えるようになったのは、数年数十年と漫然と服薬している常用量離脱を未知の群に治療を行い続けての治療反応性で見えてきた結論です。

度々書いていることですが、私は患者から薬剤性の話が出ない限りは完全にノータッチで治療しています。ノータッチとは言え治療内容が変わることはありませんし、常用量離脱症状/離脱症状を既知しない群は何があっても薬を動かす気がサラサラない為、最も治療経過が安定している事も書きました。

要は患者本人が現症を薬剤性由来であると既知していようとも、何処かで〇〇病、〇〇障害、〇〇症候群と言われた冠を告げようとも私に変化が生まれる事はなく、それでも症状の改善が得られている現状が、ステイで亢進してもステイで暫く様子を見る、具合の悪い時に減量しても具合が悪くなるだけの提案に繋がっていきます。

現在も中長期的に服薬し続けている方の服薬中/減量中により生じている常用量離脱症状/離脱症状の類は「今の服薬が今の症状を出している」には直接的に繋がり難いですし、現在生じている常用量離脱症状/離脱症状の類も、上記断薬後の残存症状の理屈と同様、当時何処かの時期で何らかの形で当該症状を発症する理由となる部位が損傷し、回復していないからとなります。

所謂副作用は、服薬初期で大概把握されるものと思います。数年数十年服薬し続け、何ら食生活や嗜好品も変えず日常を送ってきた方が急に副作用を惹起するとも考え難い側面もあります。それならば既知としたなりで今更だと腹を括り、焦らない方向にシフトする事が安定的な改善を得られると考えますし、既知としている以上、ベンゾ結合を外す/離脱症状を増悪させる薬物使用を控える等のメリットも生まれます。

これらの事から、離脱症状はイコールとして罹患部位の存在と新規損傷部位の獲得を示唆する為、当該症状群を病名に置換する風潮もあってはなりませんが、善きものと捉える風潮も無くしたく思います。

~個の安全は集団と歩調を合わせる事で奪われる~

大切なのは如何に安全に進むかであり、リスク因子となる向精神薬を仮にも現段階で服薬していても、忍容レベルになればネガティブな心理は生まれないものです。

結論から書けばあらゆるリスクが想定される為、飲んでないほうが良いに決まっています。飲食物や他の薬物との相互作用の問題、その日で異なる可能性のある代謝酵素の問題、お酒が飲めない運転が出来ない等の生活上の制限の問題、たった1日飲み忘れただけで数週に渡り離脱症状が増悪したり、服薬時間がずれただけで離脱症状が増悪したりとストレスは絶えません。

また、私は多くの方が成功例であると表現する減/断薬例を追う事の危険性を掲げています。現場に限らず様々な情報は収集しているつもりですが、抜ける人はどのような手段でも抜けます。これを知る事は大切だと思います。

世の中には向精神薬や中枢神経に至る鎮痛薬を中長期的に渡り服薬し、理由や契機はともかく自然休薬となり、日常を平気で送っている人は沢山います。何とも思っていないのですから、危険性や有害性を提示する事もありません。都合の悪い症例が表に出ないのと同様、平気に過ごしている症例も表に出る事もありません。

誰も添付文書なんて読まないでしょうし、添付文書の内容を告げられて出された話を聞いた事もありませんし、大概が単剤でもありません。そして添付文書の内容の真偽もさて置き、多くはカジュアルに飲みカジュアルに止めていきます。

向精神薬由来症状はあらゆる症状の延長線上に存在するリスクで、発生した場合の安全面を確保する為に何年も考察を入れているのですが、実際の現場では、例えば整形領域疾患の発症に伴い向精神薬や中枢神経に至る鎮痛薬を服薬している症例はザラで、元症状が改善したと同時に、形的には一気断薬で平気に過ごしている方々も実際に多く見ています。

このように一気断薬しても問題ない方は、2~6週間程度の短期的な漸減で断薬に至っても問題ないはずです。1~2年に渡る漸減で断薬に至っても問題ないはずです。減量速度は緩徐なほど安全ですから当たり前かもしれません。

問題なのは一気断薬で問題ない方が、向精神薬の弊害を知り、2~6週なり1~2年なりで漸減し、断薬まで至らせた手段及び過程(勿論、この期間に限った話ではありませんが)の例を、抜くに抜けない方が受け入れて実践した場合です。

抜ける人はどのような手段でも抜けます。反面、抜けない人はどのような手段でも抜けません。行為は簡単でも命が幾つあっても足りません。1つだけ選択肢として挙げるとしたら、極めて微細な減量でしか安全が確保出来ないと考えられ、微細な減量すら出来ない方もいます。

個人的には2~6週で断薬に至る行為は一気断薬の範疇ですし、1~2年で抜けるなら御の字です。それくらいデリケートに推移すると捉えている為、順調な減/断薬例の追随は極めてリスクが高い印象を持ちます。個体差があると言えばそれまでですが、誰かの真似は出来るものではありませんし、薬ゼロは結果論であって目的は症状ゼロです。

他、ベンゾは危険で抗うつ薬は安全とする話も度々聞きますが、特性も性格も異なる為に比較対象にはなりません。ベンゾも抗うつ薬も反応(作用/副作用)はあり、離脱症状もあります。メジャーも然りです。また、「ベンゾは安全」と言われる由縁は先代となるバルビツールと比較したらの話で、ベンゾが安全である理由にはなりません。

薬効自覚の有無と離脱症状の関連性はありません。短期作用型、高力価、長期服薬と真逆でも、生命を脅かす程の離脱症状を惹起するケースも少なくありません。只、服薬歴を聞くと耐性が付き易い身体なのか、経年的に力価が強い薬物に置き換えられていたり、雑な服薬環境ほどリスキーな印象を受けるのは数年来変わりません。

また、離脱症状で生じる疼痛性/非疼痛性症状を包括出来る程の病名/症候群名/障害名は既に数多く存在し、その病名を鵜呑みにしても向精神薬ですし、離脱を認められる機会は少ないものの、認められても向精神薬です。これでは逃げ場がありませんが現実です。

日本はデパスを含めれば世界一のベンゾ消費国です。ベンゾ大好き人間で溢れています。そのような中、どのように生き抜くかは周りに聞いても意味がありません。足を引っ張られて終わりです。しかし、その環境をネガティブに捉える必要もありません。そもそも症状とは孤独なものなのですから、周りに歩調を合わせる必要は最初からないのです。


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イメージ 1  ~針治療から病態定義の見直しを~