藤原航太針灸院

痛み・痺れ・麻痺・自律神経症状の難治例の検証と臨床

腰椎変性疾患(器質的異常の有無問わぬ腰神経叢由来下肢症状含む)患者との対峙 2

 
中枢神経系にスポットを当てた向精神薬や鎮痛薬が治療になっていない事は分かりました。寧ろ、症状憎悪期に市販の解熱鎮痛剤で凌ぎ、安静を強行的に執り行う患者のほうが、症状の本質を知り、賢くもある理由も分かりました。整形領域の脊椎疾患に対する外科的手術は、今後は世論に押されて衰退していくでしょう。では今後、現行医療に於ける保存的治療が世間一般では代表格になると推察されます。ご存知の通り、薬物治療と称され、既に、その流れはありますが、それが治療になるかと問われれば、現状を見る限りゼロに等しいものです。腰痛患者に抗うつ薬を出す時代です。痛みを感じなくなればそれで良いやという発想は、危険が伴う事を将来知る事になるだけです。
 
前々項では、時代によって診断名が左右される話にも僅かに触れました。知らない人もいると思いますから改めて書きますが、病名には流行というものがあります。特に診断定義が曖昧な精神科領域に関しては、顕著に時代によって病名がコロコロ変化します。過去に「うつ病」と診断されていた人が薬物治療に対して抵抗性を始めたと解釈されたのか、副作用や常用量離脱症状や奇異反応によってかは知りませんが、「双極性障害」や「発達障害」と診断名が変化し、更なる薬物投与が始まり、最終的には「(薬剤性)統合失調症」となるケースが後を絶ちません。明らかに薬剤性であるにも関わらず、それを気づいた患者家族は知らぬ存ぜぬを繰り返され、途方に暮れている姿を見るのは偲びないものです。その間、患者はどうなりますでしょうか。他人に危害を加えて刑務所に入るか、自身に危害を加えて精神科病棟に入るかの二択に迫られるのです。
 
もしもアナタに大切な守るべき人がいて、その人が向精神薬を飲み始め、アナタに対して向ける感情が薬に支配されているとしたらどう思いますか?病気だから仕方ないで済ませますか?そもそも、何の病気で向精神薬を飲んでいるのですか?向精神薬はどんな病気にも効く夢のような薬だ。脳機能を壊滅的に低下させるから当たり前なのである。しかし、その代償は計り知れない未知の領域に足を突っ込んでいく事を知っていて損はない。
 
        
 
      
 
これらの懸念は心療内科や精神科経由でなくても、整形外科や内科等の多くの他科領域からも流れてきます。そして、患者の最終的な受け皿を、心療内科や精神科にさせる訳にはいきません。一人でも多く、薬漬けから回避させなければなりません。他科にて種々検査で異常がないからと、心療内科や精神科に回される患者は多くいると思いますが、検査で異常が無ければ心因性、それは精神科領域の疾患になるのでしょうか。精神科に送られた時点で、精神科領域の諸症状である理由は何処にもなく、向精神薬で一時的に症状が改善された事が、精神科領域の疾患であると判断する材料にもならないのです。では、今回も今更感が漂う内容ですが、何を今更と思って読んでもらえたら嬉しく思います。
     
          
 
        

閉塞性動脈硬化症や閉塞性血栓血管炎等の血管イベントを起因に発症する間欠性跛行等を除外した、所謂、整形領域疾患の間欠性跛行を抱える患者群(代表格 脊柱管狭窄症)は、前項でも述べた通り、寿命が伸びている時代、自重圧壊による圧迫骨折等の蓄積、付随する椎間板の摩耗及び脱出、果ては椎間関節の圧壊、摩耗等が進行し、脊柱管から下肢に走行する神経及び脈管の圧迫傾向は高まると共に、仮に患者が圧迫骨折等の蓄積にて円背傾向しか許されない身体環境に陥った場合は、副産物的に椎間孔の狭小化も防止する事になり、下肢症状を呈する事なく(気づく事なく)一生涯を過ごせる事になるでしょう。
 
それでも尚、避けられないのは高齢者ばかりの時代に突入しているという事実。仮に、腰部屈曲によって症状改善の自覚は得られても、腰部屈曲を快く思えない人は、自身のプライドを捨てきれず、自発的腰部屈曲や免荷措置を大いに拒み、下肢症状を呈しながらも多動した結果、ADLを降下させ、更に不可逆的損傷が加わり、難治例、重症例に発展していきます。全ての症状に対して同様な事が言えますが、損傷が回復を上回る生活を送り続けていれば、症状は平行線か憎悪しかなく、自らの生活に損傷理由を取り込み続ける事は、回復のタイミングを自ら逃がし続けている証拠でもあるのです。
 
現行は抗炎症作用を持つ古くからの薬物よりも、中枢神経系にスポットを当てた薬物が多く処方される事により、患部の脆弱性はそのままに脳で痛みを止めてしまう事から一層の悪化は免れない状況となり、患者が薬物依存に陥った結果、高用量多剤へ足を進めていく事実を気づかない内は、高齢による内臓機能の代謝低下も伴い、副作用や常用量離脱症状が多発する懸念が生じられ、且つ高齢層しか住んでいない家庭の場合、状況が掴めない、理解し難いという悪循環も生じ、症状回復理由を取り込めず、高齢を理由に回復を諦めたり、整形領域的の現症状以外(副作用や常用量離脱症状)で悩むケースに発展する可能性も秘めています。如何せん、薬好きと薬漬けの多い時代です。どこまで患者が理解してくれるかもポイントとなり、針治療以前の問題で話が終始するケースも時として見られるものです。

       
 
           ※最近は線維筋痛症にも適応追加され、処方の拡大は止まらないでしょう

脊椎疾患に対しての外科的手術数に関しても日本は突出して多く(※ソースを忘れた為、データを引っ張り出せません。日本、アメリカ、英国、後どこかの国を人口比で算出したものです)、間欠性跛行に対しての観血的治療の割合も高く、この数字を如何に読むかも重要な要素となってきます。それを、国民皆保険の功罪と読むか、種々の脊椎変性疾患に対しての医療者と患者の理解や観点の異なりと読むか、それとも又別な要素が絡んでいると読むかはお任せします。
 
では、中長期的に視た今後の現行医療が施す薬物治療の傾向や、観血的治療に至った後の術後の長期成績の状況、他、術式による術後の長期成績を鑑みた場合、どこまでADLを上昇させる事が可能かであり、且つ、術後後遺障害と言っても過言ではない、高位椎体脆弱性神経症状惹起等々が懸念され続ける限り、保存的治療(薬物治療は無しで)の重要性が今以上に評価される時代は訪れるものと思います。しかし、患者が手術の限界を知り、保存的治療を選択する際、安全且つ低リスクで回復に運ぶ手段が無ければならないと思います。医療・代替医療含め、数多くある保存的治療の中で、針治療をファーストチョイスされるべく、励んでいかなければならない事は多いと思います。

※健康な人が腰部に負担を掛ける強さを数値化したものです。既に腰下肢症状を抱えている場合、横臥位と仰臥位の数値は逆になるでしょう。座位姿勢や同一姿勢の持続、反復動作は患部に負担を加えます。

あくまで暴露期間や症状発症状況により加療期間は左右されるものであり、症状発症状況も高齢層の場合、多岐に渡り、複合的要素が高く、寧ろ、複合的要素が絡み合っている事は当たり前である事を知る事、そして、対峙する術者は高齢層患者から見た場合、多くは若造である事、若造にしか見られない事、故に行動制限の指示に対しても従わない事、症状が多すぎて全てを言えない可能性がある事、問診時に虚偽、若しくは隠蔽している内容も含まれてくる可能性もある事、飲んでいる薬が多過ぎる為に、何を飲んでいるのか把握していない事、主訴しか教えてくれない事(例 最近痛めた腰部のみの来院動機だとしても、実は足底に違和感を十数年前から抱えている)等々は高確率で絡んでくるという事を事前に認識しておいたほうが術者側として賢い選択であると思います。問診時に不備が生じていた場合、治療に際しても不確定要素が高まり、種々のリバウンドが惹起された場合、事前通知の有無が不信を呼ぶ可能性もあります。その為、当院では下肢症状を伴う患者群にはA4で2枚のプリントを事前に渡し、持ち帰ってもらい、伝達内容の曲解的理解を回避するように努めています。
 
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腰部伸展による椎間孔の狭小化に伴う神経や脈管の圧迫による下肢症状なのか、神経根部での炎症や浮腫、低酸素による下肢症状なのか、複合的な症状なのか等など、患者に対して与える行為は針を打つだけのシンプルなものかもしれませんが、症状惹起理由を患者が掴めなければ日常生活時での制限というのも蔑ろになりがちです(日常生活の制限に関しては、椎間孔由来でも神経根部由来でも差はありませんが)。では椎間板の摩耗や脱出による椎体間の狭小化に伴う椎間孔由来の間欠性跛行に関しては、患者は簡単に避ける事ができ、患者はそれも熟知しているはずです。腰部伸展姿位を取らなければ済むだけであり、免荷措置も伴えば尚可という極々単純なものです。恐らく、種々椎体の圧迫骨折や椎間板等々の摩耗も進行していると仮定される高齢層に至っては、各種当該患部周辺の靭帯等々の肥厚もありますが、1つの考え方としては、加齢による変形という事実を患者が受容する事が出来れば、実は話はそこで終わりなのです。別に、私達が介入する必要はなく、腰を曲げて日常を過ごせば多くの患者は無症状で生涯を終えられるでしょう。
 
しかしながら、そこに回復を求める患者も多くいるという意味を先ずは考察しなければなりません。そしてもう1つの事実があります。針治療をチョイスする高齢層はどうしたものか活動的であるという基礎的な性格が回復に対して邪魔をする場合も多く、更にはプライドが回復を邪魔しているという事実も見え隠れしています。活動的でプライドが高いのは別に構わないですし、早期に動きたいという気持ちも分かりますが、神経由来症状の場合、良くなる迄は病人を気取って寝ていたほうが回復の速度と安定性、確実性は上がります。如何せん、整形領域の患者は内臓が元気だからちょっとした事でも動き回って悪くしがちなのです。前項でも書いた通り、神経由来症状は生半可に動ける分、骨折や捻挫よりタチが悪い疾患である事を、何度も理解してもらう事が大切です。
 
1)・腰部屈曲(股関節屈曲)姿位であれば症状は出ないが、姿勢を正して歩きたいという、加齢の変形に逆らう心情が伴っての受療動機 
2)・当初は腰部屈曲姿位の場合、無症状だったが、経年により、従来の腰部屈曲姿位でも下肢症状が出る。更に屈曲位を高度にすれば無症状になるが、これ以上の進行は留めたいという受療動機
 
が、一般的になってくる他、神経根部での異常も発生している場合、安静時痛や荷重時痛の痛みや痺れも伴ってくる為(大半は下位腰椎の神経由来や仙骨神経由来にて派生する下腿外側や足底に現れる諸症状)に、患者心理としては不安の蓄積に繋がると思われますし、本屋に並んでいる多くの健康雑誌では、腰椎変性疾患に対しての改善方法(運動や体操、セルフケアで何とかする方法等々)が常に取り上げられ、内容も千差万別である状況を鑑みれば、逆に打つ手は無いのではないかと患者に思われても仕方ありません。整形領域の間欠性跛行に対しての無力さが浮き彫りなっているとも捉えられます。

さて、当院の加療回数を見てみましょう。受療患者層は発症から5~20年程経過してからが多く、発症箇所も下肢全般と広範化してからの受療が多く見受けられます。勿論、中にはヘルニアや狭窄症と診断された事で手術をしている群も相当数含まれてきます。これらの患者群に対し、1回の治療で略治可に至るケースもあれば、1年以上の継続的治療により、当初は数メートルしか歩けなかった患者を数百メートルまで歩行可能にしております。平均受療回数も算出したいのですが、年齢や発症時期等々も含めて算出しようとした場合、如何せん幅が広すぎる為、公表し難い部分もありますが、患者が行動制限を遵守し続けた場合、「痛み」や「痺れ」程度の単純症例であれば、片手位の治療回数で大幅なVASの軽減を実感しています。今後は年齢別、発症期別、行動制限が出来ない(出来ない環境下にいる)群でデータを出したいとも思います。案外、症状発症箇所、及び症状の広範化が重症例としてイコールで繋がらない事実を知る事が出来ます。
 
それでも、1年以上の継続的治療により長期歩行が可能になった患者も、完治か?と問われれば完治とは言い難いかもしれません。超高齢層に移行するに従い、数百メートルの距離を歩く事で休む理由が、間欠性跛行によるものなのか、体力的なものなのかは知る由が無い為に(超高齢患者は、20年前より今のほうが全体的に調子が良いと言われているので治療の価値はあったと思います)、評価し難い症例も多く含まれていますが、飛躍的にADLの向上に対して寄与出来ます。超高齢層群になると、第二次世界大戦オイルショック、ピリンショック、数々の薬害の戦火をくぐり抜けて来た強者が集う層になるのでこちらが学ぶ事が多く、頭を下げてでも針を打たせてもらいたい層にもなります。
 
厳しい目で自己を見れば、加齢に伴う物理的圧迫が相当強く及んだ間欠性跛行に関しては、完治という基準を設けるのは難しいのが正直なところであり、日常生活では無症状で過ごせるが、長時間散歩をすれば経時変化による椎体への負担は不可避な事象の為、保存的治療の限界を知る部分でもあります。前項のリンク先でも記述している通り、針治療による刺傷由来の動脈血強制流入期というのは、約72時間で収束します。逆の見方をすれば、針治療の作用時間(組織修復期間)は72時間程度なのです。故に、今件の間欠性跛行の症例に於いては、仮に患者が行動制限を全く行わなかった(行えなかった)場合、約3~4日で症状は元に戻る理屈が成り立ち、事実、その事は多くの患者から教えてもらっています。逆に、行動制限が伴っていた場合(椎間孔狭小姿位 症状増強姿位の回避)、4日目以降も症状は回復傾向にベクトルは向けて伸びていきます。針の作用を理解していれば、症状経過の予測も立つと同時に、経時による症状変化によって、ある程度の患者動態も見えてきます。その為、行動制限が容易に出来る患者群に於いては、早期から徹底した行動制限を強いてもらう事で、最終的には患者の利益に繋がります。
 
仮に神経根部での炎症や浮腫、低酸素が併行的に惹起されていた場合で、且つ行動制限を伴えた場合、神経根部の症状に関しては3~4日は症状の改善自覚、5~6日目は動脈血強制流入期の収束により、一時的に現症状の自覚、その後、行動制限を伴い続けてもらえれば、7~8日目は症状が引いていくという自覚が得られます。実は、これも針の理屈を知っていれば理屈通りの症状変化になります。勿論、重症度によっても左右しますし、治療継続による累積効果も大いに絡んでくる諸問題なので、このように端的に文章に起こしてしまう事は危険性も孕んでいるのですが、多くの患者群の症状改善の仕方というのは類似性があるものです。
 
椎間孔の狭小化による神経及び脈管圧迫による間欠性跛行に関しては、患者が症状増強姿位を作らない限り、飛躍的に症状の改善は得られていきます。但し、その期間、患者が腰部屈曲(股関節屈曲)姿位で日常を送らなければならないという、自尊心を一時的に崩壊させる行為が伴う事も前提となります。昨日今日痛めた身体(細胞)ではない事の理解は陳旧例患者の多くには強く理解してもらいたいところです。薬を飲み続けていれば治るという解釈で、針治療に関しても同様の解釈を求めると、今件のような諸症状に関しては失敗に終わるケースが後を絶ちませんので、先ずは、治療よりも患者に対して針治療で回復する理由の理解を根付かせなければ脱落するのは目に見えています。そして、多くの患者は発症初期には針治療をチョイスする事は低く、ある程度の期間を経てから受療するという事も改めて認識しておくべき点かと思います。 
 
上図は有名なグラフなので、ご存知の方も多いと思いますが、慢性的な神経根症状を抱えた腰痛患者に対して施した治療による症状改善の経緯をグラフ化したものです。見ての通り、硬膜外ブロックを施す際、薬剤は何を入れたかでの変化を見るものですが(結果的にはどの薬剤でも何も変わらないのですが)、私が着目しているのは緑色の線です。ステロイドを選択した場合でも、さして症状改善に寄与している事はないという点であり、椎間孔の狭小化による神経及び脈管の圧迫傾向によるもの、及び、神経根部の炎症や浮腫そのものが、慢性期に至ると、極端に炎症を引き起こしての諸症状でない事を示し、端的にまとめると、慢性的な神経根症状を抱えた腰痛患者の諸症状の根源は、腰部周辺を中心とした関連筋群の持続的低酸素状態により引き起こされている持続的萎縮化(過緊張 短縮等表現は何でも構いませんが)によるものと推測する事が出来ます。※炎症は低酸素を生み、低酸素は炎症を生むというサイクルもある為、時にステロイドも著効する事は記しておきたいと思います。
 
故に、針治療により急激に回復していく理由というのも明快であり、低酸素状態の患部に針を打ち込み、刺傷を起点とした動脈血の強制流入が伴えば、低酸素状態の筋群は弛緩し、それに伴い、圧壊や摩耗等の不可逆的損傷自体は戻る事は無いにせよ、柔軟性を取り戻した筋群により、先ずは神経や脈管の疏通の改善の他、柔軟性が維持されていれば、軽度の負荷が身体に降りかかり、仮に一時的に症状が憎悪した場合でも、僅かな休息により回復出来る身体になれるのです。勿論、以前より記述している通り、腰部の筋群は腰部周辺から派生している血管にはメインとなって栄養されてはいませんので、腰部だけに対してアプローチする事は効果が伴わない事も付け加えておきます。如何に腰部に対して栄養を送り続けられる状態に維持するか、どの症状に対しても同様な事が言えるのですが、重要な点です。

そして、これからが本題なのですが、前項の4)でも自省の念を込めて書いた通り、私自身、日々作用を上げようと、刺針部位の選定に勤しんでいました(います)。1日でも早い回復をするべく取り組んでいたのですが、実は作用を上げすぎた事による弊害も起きるという事も最近気づきました。しかし、なかなか具現化出来ないまま、モヤモヤしていました。それが過去記事の何処かにも書いた通り、弛緩させる事による弊害です。多くの術者は弛緩を念頭に治療します。緩む事、緩める事が全て的な勢いで現場に立つ人もいるかもしれませんが、実はそこに落とし穴があるという4)の話の続きをしていきたいと思います。では、弛緩させる事による弊害を伴う代表的な患者群を挙げると、
 
A)腰神経叢由来の下肢神経症状が伴う人
B)腰神経叢由来の下肢神経症状が伴う且つ行動制限が出来ない人(指示を守れる環境にいるにも関わらず守ってくれない人)
C)腰神経叢由来の下肢神経症状が伴う且つ行動制限が出来ない環境(仕事や家事炊事の関係にて)に置かれている人
 
この3群になります。上半身の諸症状は自重による負荷は下半身に比べれば少ない為に、制限を設けなくても(制限してもらったほうが治りは早いのですが)治ります。では、この行動制限というのはどう言う事かと書けば、労働内容(デスクワークや肉体労働問わず)にて負荷の掛かり続ける環境に強制的に置かれる場合も該当しますし、神経症状が出ているにも関わらず、ウォーキングや体操をしていれば消失すると思っている人も該当します。では、比較的、時間に余裕のある高齢層患者の場合はどうでしょうか。もしも患者が早期回復を望み、行動制限が簡単に出来る環境が整っていれば、早期段階より行動制限をしてもらう事で早期回復に繋がるのは自明の理です。これらの事が「出来るか」「出来ないか」「やるか」「やらないか」で治療内容を大きく変化させていく事が安全策に繋がる事を知り、治療内容に関しても新規患者には事前に伝え、既存患者の場合、理由を言って切り替えている次第です。
 
何度も書きますが、筋由来による症状(外傷性要素含む(打撲・挫傷・強揉み・手術痕・火傷))が明確な場合、動く事で血流動態が良好となり症状改善へと繋がり易いのですが、神経由来症状は、筋由来と同様、動く事で血流動態が良好となり一時的には症状改善の自覚は得られるものの、同時に神経及び脈管に損傷を加え続ける事実からも逃れられず、結果的には「損傷>回復」の図式が成立し易く、運動後に症状憎悪を示す可能性が高いのです。要は、回復よりも破壊が上回る事になると、回復は得られないという事です。そこを理解してもらえるか否かが、腰神経叢由来の下肢神経症状を抱える患者群に対しての最重要事項かもしれません。故に、猫も杓子もウォーキングや体操を執り行うべきではありません。皆が皆、動いて良くなっているのなら、ここに来ている患者は何なのでしょう。皆が皆、動いて良くなっているのなら、整形領域の患者は存在しないはずです。高齢層の多くは神経由来が高確率で孕んでおり、且つ神経由来症状を自覚するのは、単なる筋疲労感とは異なり、タイムラグが生じます。その為、患者の時系列を聴取出来なければ原因の探索も出来ない事を知ります。

間欠性跛行で苦しんでおります。 2か月前から整形外科に通院しております。病名は腰部脊柱管狭窄症と若干の腰部椎間板ヘルニアです。症状としては間欠性跛行による歩行時の脚部の痛みがかなりあります。また直立静止時にも時々脚部に痛みが走ります。
かなり前から、下記のような症状がありました。①1時間程立ちっぱなし(歩きっぱなし)だと、下肢痛が起こる。しばらく座っていると痛みは治まり、歩き出せます。正座を1~2分しているとずいぶんと楽になります。②足がとても冷たい。さらにここ3年ほどは下記のような症状も現れました。③立ちっぱなしは30分位で辛くなる。④腰かけている時でも、下肢痛が常に起こる。1時間に何度も正座をして、痛みを緩和しています。⑤足がダルイ?痛すぎてなかなか眠れない時がある。正座が出来ない場合、前かがみに座り込むと楽になります。
間欠性跛行で困っています、62歳女性です。 現在、常に足にしびれがあり10~20m歩くと立ち止まって休まないと歩けません。総合病院で腰部をMRI検査した結果異常なしと判定される、又、腰痛はなし、休む時前かがみにならなくとも普通の立位で回復する事から神経性の腰部脊柱管狭窄症では無いのでは無いかと思います。
私は55歳女性で、間欠性跛行で5分から10分しか歩けない状態でした。10日前に腰部脊柱管狭窄症とすべり症でL4・L5の固定術を受けました。1週間後に退院しました。手術後の後遺症としては、左足の感覚の鈍さ・ 筋力の低下・左足の痛み・少し歩くと両足がだるくなります。横になった時は、両足とも力が抜けている感じがします。

43歳男性です。間欠性跛行で、5分ぐらい歩くと右足の裏からしびれがあらわれます。2年ほど保存治療をしてますが、なかなか改善しません。手術以外で、なにかいい改善方法はありませんか? 飲み薬(リリカ・オパルモン)硬膜外ブロック注射5回

3週間前にクシャミをしてギックリ腰になり、医者にヘルニアによる間欠性跛行と診断されました。最初の2週間は所謂、筋肉の捻挫も併発していたらしく、こちらは日に日に快復しておりましたので、意外と早く治るような気がしておりましたが、この1週間は少しずつしか快復していない状況です。現在の症状(発症より3週間)1.立つと自然に体が左に傾き、まっすぐにしようとすると右ふくらはぎに痛みが走る。特に体を反らしたときに顕著。2.自転車に乗る、階段を上がるのは普通に歩行するより疲れない気がする。歩行は5分ほどで、まるでスポーツをしたかのような疲労を感じる。しゃがんで休むとやや快復する。3.右足首から指にかけて、左よりも冷たい。以上のような感じです。ただし、いずれの症状も日に日にマシにはなってきてはいます。
60歳男性です。間欠跛行で困っています。歩行距離は15分以内です。痛みが出て、臀部から足の爪先(外側)まで痺れが出て歩けません。少し休むと(しゃがむ)、楽になります。 大手病院で、脊柱管狭窄症 および椎間板ヘルニアの疑いがありMRIをとった結果、所見では異常が見られませんでした。病院で薬物療法として、ノイトロピン錠を処方されました。3ヶ月近く服用していますが、一向に効果がみられせん。間欠跛行がでたのは、去年の4月ぐらいです。今年に入ってからは、横になっても、臀部から爪先まで痺れがあり夜に何度も目が覚める状態です。
65歳の男性で「腰部脊柱管狭窄症」について質問します。今年1月半ば頃から「間欠性跛行」になって、20~30m歩くと左足の坐骨神経に激痛が走り歩けなくなっていました。 整形外科でのMRI撮影の結果は、3,4と4,5の腰椎が狭くなって手術を勧められています。

2月中旬に腰部脊柱管狭窄症の手術を受けましたが、両下肢の痺れは一向に改善されません。主治医の先生の診断では、罹患期間(約10年)が長いため症状が快癒するのに最低でも3ヶ月はかかるとのこと。 術後はメチコバールを服用しコルセットを着用しております。

長年立ち仕事をしています。重いものを持ったり、10時間ほど立ちっぱなし歩きっぱなし(途中休憩はあります)の販売です。ここ数年、腰と背中の間位が毎日痛みます。ずっとではなく、仕事の後半位の時間から鈍痛が始まり、帰るころには車の運転をするのも苦しい時があります。かなりの浮腫、猫背、O脚、肩の高さの近い、足の長さの近い、足首のかなりの歪みなど、体全体の歪みは自覚してます…で、質問なんですが、最近になって、右足の親指辺りが少し痺れてきてます。ピリピリとかではなく、皮膚の感覚がない感じです。激務の為、毎日疲労困憊ですが、必ず湯船には浸かり半身浴で浮腫を解消しようと頑張ってますが、痺れはなくなりません。

毎日腰痛に悩まされております整形外科で診療した結果脊柱管狭窄症間欠性跛行との事です二年前はウオーキングをしたり毎日楽しく暮らしていました今では少々歩いただけで足が出なくなってしまいました。

3か月ほど前から右お尻の奥のほうに少し痛みを感じたのが最初でした。そのうち痛みも取れるだろうと思っていましたが、一方では原因がわからないため不安を感じていました。 そのうち痛みがだんだんと大きくなり、5日前に近くの整形外科医院を受診しました。その時はレントゲンを撮りましたが、先生から「背骨、骨盤はきれいですね」と言われたのですが、私の話の症状から脊柱管狭窄症だろうと言うことでした。近日中にMRIの撮るのですが、昨日歩いてみたのですが歩きはじめると痛みが出て5分ほどしか歩くことができませんでした。
恐らく、一般的な整形領域的間欠性跛行を呈する患者群で、且つ針治療の受療動機は、この辺りになってからが多いと思います。まず病院行って薬飲んでも注射打っても引っ張っても駄目で、暫く経過した後、さてどうしようとなってからです。医療機関に於いてはブロックの施行が大半かと思いますが、高齢層の場合、椎体及び椎体間の狭小が著しく、神経根ブロックや正中法による硬膜外ブロックの難度が高まる為、仙骨裂孔ブロックで妥協している(されている)患者も多く見受けられます。では仮に、上記の青字患者群が、A)、B)、C)の何れかに該当し、且つ、両側性の下肢症状を呈していた場合、若しくは、当初は片側のみだった症状が、両側性に発展した場合、術者は、どのような針治療を展開していく事が、一番安全性が高く、治療過程のリバウンド自覚も低いまま、治療期間中を患者が過ごせるかを探る必要があります。
                                                            ~以下略~

話が長くなりましたのでまとめますと、私は当たり前の事しか書いていません。身近な事象を例にすれば、クッキー片手に痩せたいと言う患者には「食べるな」と伝え、テストで良い点を取りたいという患者には「勉強しろ」と伝えているに過ぎません。痩せたい患者には痩せる薬。テストで良い点を取りたい患者にも薬。今は、様々な場面に医療(特に精神医療)は入り込んでいます。医療化の弊害が叫ばれて久しいですが、健康被害が生じるリスクを冒してまでも薬を齧り続ける必要性があるのかを先ずは患者に問いたい面もあります。「市販の解熱鎮痛剤を飲み続けたいんだけど、この事で起きている胃腸障害を針で治せないか?」との依頼も実際に多いのですが、アナタでしたらどのように答えますか?そもそも、そのような質問が発生しない状況を、先ずは私達が作らなければならないのです。100歩譲って、同量で生涯の幸せを獲得出来るのであれば、服薬に対して反対する事はないでしょう。但し、耐性(抵抗性の獲得)が伴う以上、高確率で薬を調整し続ける日々に追われます。副作用なのか常用量離脱症状なのか、切り替えた際の過去の薬物による離脱症状なのか、もしくは切り替え後の新たな薬物の副作用なのか常用量離脱症状なのか、多剤による相互作用で生じているのか、もしくは現病としての症状なのか、誰も判断出来ない領域に足を踏み入れる事になるだけで、それは闘病とは名ばかりの調整という日々であり、脱出不可能になるのです。

痛みとは患者自身から発せられる無慈悲で暴力的な正論を患者自身に突き付ける。暴力的に患者に痛みという指令を出し続けるには理由がある。それは動く事が危険である事のサインである。しかし、自身から発せられる正論という現実に背いた結果、寝たきりまで追い込まれる事になる。痛みはネガティブな事であり、ネガティブは精神を病む。精神を病んだ患者は更に動けなくなる。痛みは孤独である。痛みは患者にしか分からない世界である。患者にしか分からない世界に、医療が入り込めるのだろうか。否、入り込んで良いのだろうか。入り込んだ結果が今の惨状なのかもしれない。
 
痛みを抱える人間にとっての最大欲求は、痛みを消す事であり、それが最大の幸せとなり、快楽へと繋がる。一度でも手軽に快楽を覚えた人間は抜け出せなくなる。それは、痛みという世界だけでなく、様々な領域でも同様かもしれない。人は手軽さを求める。痛みを抱えた人間は、術者に笑顔と優しさと手軽に治る手段を求める。現在に至るまで、正解はこの中に1つでもあっただろうか。笑顔で治った人間はいない。優しさで治った人間はいない。手軽さで治った人間はいない。何も苦労せずに痛みが消えるのであれば、誰だって苦労をしないで痛みを消したい。
 
医療は正論で成立させなければならないと考えている。患者から発せられる痛みが正論である以上、正論で対峙しなければならない。患者の痛みは嘘ではない。痛いと言ったら痛いのだ。痛みを抱えた人間は、年齢も職業も地位も権威も全て垣根を越えて正論を患者自身に突き付け、痛みを抱えた人間は、年齢も職業も地位も権威も関係なく、正論を言葉で発してくる。その言葉を1つ1つ拾い集めて今の私がある。私は、痛みを抱えた患者の屈辱の塊で形成されているようなものだ。「足を切り落としてくれ」と叫ぶ患者に嘘はない。痛みが正論で無ければ、私も正論を述べない。正論は無慈悲で暴力的であり、追い詰められる事になるのは分かっているからだ。

ようやく向精神薬の害に気づいた時には脳の萎縮は進み、骨も神経も血管も筋肉も全てがボロボロになっている。厳しい言いようだが、向精神薬で痛みという現実から目を背け続けた代償である。それを人は幸せと言えるのか。私は絶対に幸せとは言わない。医者が出したから飲んだとか、医者が飲めといったから飲んだとか、周りの人間に飲めと言われたから飲んだとか一切関係ない。どのような経緯であれ、患者自身が患者自身の選択で飲み続けた事には変わりないのである。そこにどのような誘導が関与していたにせよ、多くは自分の手で薬を口に放り込んだ事には変わりはない。何も知らずに薬漬けにされてしまった患者が手を伸ばした時、私は引っ張り上げるかもしれないが、危険性を知っていながら飲み続けた薬好き患者を擁護する気は一切ない。擁護しようにも本人の気持ちが変わらない限り、何度も何度も降り出しに戻るのは分かっているからだ。それは、薬好き患者のもっと身近にいる家族や友達が、幾ら患者に危険性を訴えても薬を口に運び続けるのは十分見てきたはずであり、誰が言っても変えられないのは私以上に知っていると思う。それを世間一般では薬物中毒患者と呼び、まして、薬物中毒という病気を治す薬物は存在しない。それでも、いつの日か気づいてくれるかもしれない。私達は、その時が来るのを待つしか方法はないのである。

※昨今、多くの被害者の声により、向精神薬及び精神医療の実態が大きなメディアを通しても報じられ、減薬~断薬が一種の流行になっていると情報が入っています。危険性を知ったからと、減薬~断薬は興味本位で取り組めるような生易しいものではありません。急激な減薬~断薬は命に危険を及ぼす場合もあります。自己判断では行わないように※
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  ~針治療から病態定義の見直しを~