藤原航太針灸院

痛み・痺れ・麻痺・自律神経症状の難治例の検証と臨床

薬とアイスクリームで治った人間はいない。


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外からの支援をすべて退け、ひとり立つときにのみ、人は強くなり、勝利を手にする。
自らの旗下に集う者が増えれば増えるほど、人は弱くなる。
たとえ周囲のすべてが反対しようとも、自分の意見を貫くことだ。
人間はいとも簡単にバッジや名前、大きな団体や死んだ組織にひれふしてしまう。
いま考えていることを断固として語りたまえ。
そして明日は、たとえ今日いったことのすべてと矛盾していても、
そのときに考えていることを断固として語るのだ。

そんなことをすれば間違いなく誤解される、と思うかもしれない。
では、聞こう。誤解されることはそれほど悪いことだろうか? 

ピタゴラスは誤解された。ソクラテスも、イエスも、ルターも、コペルニクスも、ガリレオも、ニュートンも、
かつてこの世に生をうけた純粋で賢明な霊はみな誤解された。偉大であることは、誤解されることなのだ。
 
他人には何も求めるな。
そうすれば万物流転の世にあっても、
あなたは唯一不動の柱として、周囲のものすべてを支えることになるだろう。

何をやろうとしても、あなたは間違っていると批判する者がいる。
その批判が正しいと思わせる多くの困難がたちはだかる。
計画を描き、最後まで実行するには、勇気がいる。

敷かれた道を進むより、道なきところに自ら道を築いて進め。
                                                    ラルフ・ウォルドー・エマソン

重症患者ほど治癒期間が短期で済んでいるのは患者自身の覚悟が決まっているからだ。
 
正当化の積み重ねで拗れた理由さえ正当化されては術者が入り込む隙は無い。
妥協と正当化の先に見える未来は一切無い。
 
治りたい人間は団体から離れ個々で治癒に向けて取り組んでいる。
我々が引き上げるのは「気づきを得た」たった1人の患者からだ。
 
「楽になる」と「治る」は違う。「楽になりたい」と思うのであれば、
治療というカテゴリからは既に逸脱している思考状態である事を強く再認識する事だ。
 
医学は患者を救い、医学は患者を諦めさせた。
では、私の治効理論は何かと問われれば、医学が根本にある事は否定出来ない。
但し、針を体内に刺入する事で派生する生理学的現象から生じる身体環境を鑑みれば、
今の医学の大半はオカシイと思わざるを得ない。
 
治効理論の柱は、数十年前にロスチャイルド家に踏み潰された理論の応用でしかないかもしれない。
但し、その公にされない理論は、ロスチャイルド家に対し多大な貢献を今でもしている事は事実である。
 
故に、私は「治る病気」を探していない。
針治療では治らない病気だけを探している。
「治る病気」は患者さえ道を間違えなければ治る。
針治療は「治るまで」を急加速させるだけの道具にしか過ぎない。
 
「手術しなくても良くなった」「薬が要らなくなった」という話を良く聞くが、そもそも手術も薬も必要ないのだ。
私は医者の受け売り話を聞きたいのではない。受け売り話は教科書という無価値な本に既に書かれている。
 
「私は難病だから」。「私は○○障害だから」。難病を盾にしてはならない。障害を盾にしてはならない。
「だから」の先に続く言葉を言いながら、薬を飲んでアイスクリームを食って治った人間は誰1人いない。
 
『なおしてやる』。その強い想いが無ければ治療は成立しない。

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  ~針治療から病態定義の見直しを~