藤原航太針灸院

痛み・痺れ・麻痺・自律神経症状の難治例の検証と臨床

Q)針で良くなる理由が分からない


たまに質問されるから、その答え。今度まとめようと思うのですが、
Q)針で良くなる理由が分からない
A)既存の病態定義の知識が頭にある以上分からない
実はこれが一番多いのではないでしょうか。既存の定義に関してはこちら側も勿論知らない訳ではありません。しかし、既存の定義に則った手技手法手段では全然治らないのは見聞きしていますし、過去に実経験しています。
だからと言って「現医学では治せない」「治る迄には極めて時間が掛かるかもしれない」「治る割合は何%」なのではなく、単に根っこの定義が異なっていた為、異なるスタートを切ってしまう事でゴールが見えてこない、に過ぎない例と言うのは数限りなくあります。
その内、次第に薬物の量や種類が増え、気付いたら薬漬けだった、薬漬けでも治れば良いが、治っていないどころか症状が増え(それを薬剤性による諸症状と言うのかもしれないが)、進むも戻るも地獄の状態に陥ったと言う人は珍しくありません。
後々書きますが、現行医療で治った人も勿論います。定義が異なるにも関わらず、手術をしたら治った、薬を飲んでいたら治った、と言う人もいます。これらにも理由があります。かと言って、それが定義を証明する根拠にもならない、と言う理由も知らなければならない部分かもしれません。
しかしながら、これらを各論的に述べると驚異的な量になる為、今回は触れませんが、今更ながら病態定義とは何でしょうか。何故、今更ながらこのような言葉を用いるかと言うと、明らかに病態定義⇒病名に振り回されている方々が予想以上に多いと言うのは未だに変わらないからです。
上手い使い方をすれば、社会通念上は病名を振りかざせば難を逃れる事も出来るでしょう。「おれ、ヘルニアだから」と言えば、無理な力仕事を任されずに済むかもしれませんが、そんな事、こちらは一切関係ありません。
定義と言う表現をすると、一見確固たる原因と理由があり、その定義に沿った手段で解決に至る、と見えがちですが、これらの定義も年々変動していますし、国によって異なります。このような状態の事を定義とは先ず言えない、と言う事を考えなければなりませんし、知らなければなりません。
この定義に沿った薬物も年々開発されるかもしれませんが、その定義も常に不安定な生き物である以上、その定義に沿った薬物が解決してくれる、と言う期待も何処まで持って良いものか半信半疑になってしまいます。勿論、歴史を辿れば素晴らしい薬もあると思いますし、多くの命を救った薬もあるでしょう。しかしながら、日常を起因とする諸症状の場合は別かもしれません。
以前も書きましたが、日常を起因とする諸症状はカジュアル過ぎて軽視されがちな側面もあるのかもしれませんし、層が厚い故に適当になりがちかもしれませんし、
結局のとこ、急性期と同様の諸症状にマッチングする薬物を延々と投与しては⇒治らない⇒精神異常だ⇒向精神薬、と言うのも当たり前ですし、別に精神異常判定をしなくても、のっけから整形領域疾患患者に対してもベンゾ系やSSRI等の処方は古くから行われていました。
と、このように過去のお浚いも含めて書きますが、向精神薬を処方した時点で「分からない」と患者は言われているようなものです。でも、お薬を飲めば治ると言う観点が相互に存在する以上、そして国全体を上げての医療行為が、そのような方針である為、患者から気付かなければならない事も多くあるのです。
多くの薬物は拮抗に興味を示します。出るであろう物を生まれないようにする。痛みとして出るであろうものを出ないようにする。このように書けば、多くの薬物が対処療法であると言う意味も分かるかと思います。
幸いにも軽微な症状であれば、早急に薬物の恩恵を受ける事もでき、日常復帰出来るケースもあるかもしれませんが、それは「治している」のではなく、合成を防ぎ、痛み自覚を消している手段である事も、又既知した上で飲むなら飲むをしなければならないかもしれません。
特に構造的異常に富む整形領域疾患患者の場合、痛くないからと動きまくり⇒更なる構造的異常の進行と言うのも目に見えています。膝OAなんて顕著な例なのではないでしょうか。薬を飲ませて歩け歩けと急かしている内に変形も強度となり人工関節なんて話は少なくありません。
常日頃書いている向精神薬等の薬害(本来の単語の用い方としては不適切かもしれませんが)患者の件は凡ゆる症状の延長線上に存在する被害であり、常日頃書いている理由と言うのも、頭から湯気が上がる位に悩んでいるから検証し続けているだけであって、
多くは自然発症性の整形領域や自律神経領域患者、中枢神経系疾患患者が主。その土台に時として向精神薬由来の症状が上乗せされている、と言う感覚です。まるっきり治療反応性が異なってくる為、案外早期段階で分かるものです。
さて、既存の病態定義は何処から派生しているものでしょうか。その多くは画像所見上、器質的病変や占拠性病変が絡み、その病変を疼痛や痺れや知覚過敏や知覚鈍麻である、と直接的な誘発因子であると言う表現がされている例が多いかもしれませんが、
それが本当に正しい事なのか、と言うのを患者ベースで納得しない限り始まらない、と言う事かもしれません。僕だけ知ってて僕だけ声上げてても患者が納得しなければ進まない事も多くあります。
だから、その多くは切った張ったで薬漬けされて行き場を失って、初めて意味が分かる(来院)患者が占めてきてしまいます。その結果、重症例が多い、と言う事。医原病性が高いケースも増えてくると言う事。
重症例が多ければ多いほど、患者が保有する情報量(過去の無効治療内容等)が莫大となる為、実は大きなメリットが「個人的には」あるのですが、患者にとっては切った張ったされて薬漬けになって投げ捨てられたと言う過去のトラウマを抱えながらの、
「この事態でなんで針?」と言う観念も持ち合わせるケースも少なくない為、針みたいなステンレスの棒を突っ込んで治ると、逆に不思議に思われる場合も少なくないのですが、これは考え方を変えてみれば至極簡単な事なんですよね。
「既存の病態定義が間違えていた」だけに過ぎないのです。だから、患者が治んねぇなぁと受け続けた様々な医療行為が全て(ではないですが)間違いだった、と言う話になるのです。
特に整形領域疾患に関しては誤診の宝庫です。誤診プラス病態定義の誤りプラス複合的要素が絡むクラッシュが生じていれば、なかなかゴールに辿り着けないと言うのも分かるかと思います。
自律神経系症状に関しては「よく分かっていないんですよね」と言うのが現行医療における病態定義です。もう一度書きますが、「分かっていない」が定義です。
故に向精神薬を早期に処方されるもので、その後どうなるかは散々書いてきたつもりですが、このような「分かっていない」と言う定義は自律神経系の症状に限らず凡ゆる場面で散見されるものですので、この話に限った訳ではありませんが、
さてさて、幾度となく書いている内容かもしれませんが、私達は何によって栄養されているでしょうか、と言う思考をゼロベースに持っていけば話は早いものです。皮膚も筋肉も骨も神経も血液によって栄養され、血流により維持されていると言う事です。
しかしながら、選択的に血流量を上げて治療反応性を見る行為により臨床データを構築していける人達と言うのは、日本のみならず世界的に見ても実は限られている、と言う事も先ずは知らなければならないかもしれません。
外から指を突っ込む、電気を当てる等では絶対に突っ込めない領域も存在し、その突っ込めない領域に処置し続ける事で見えてくる世界と言うのは多くあるのですが、残念ながら、このような選択的な血流量増進に伴う反応性を容易に見る事が出来る治療手段を持ち、且つ、積極的に取り込んでデータを取っている人口と言うのは極めて少ないものです。
東洋医学系の話は全く分かりませんが、唯一交点を持てる部分と言うのは、ペイン科が行うような手技手段と、針治療が行うような手技手段に関しては交じり合う事が出来ると言う点です。
別に仲良くするつもりで書いている訳ではないです。今回はそういうアレではないので。此処で更に視点をペイン科の視点で見た場合、患者に対しての治療手段と言うのはどのようなものでしょうか。
患部に麻酔薬(他の薬液を入れる場合もありますが)を入れ、疼痛等に伴う交感神経反射からの平滑筋収縮(血管収縮)を麻酔液により麻痺させ、強制的に血管拡張を求めて患部への栄養を求めます。
あい、ここで麻酔薬と言う部分のみにスポットを当てましたが、ここで患者の体内で生じる反応と言うのは麻酔薬による薬効のみではありません。(取り分け、以下はペイン科のアプローチの1つであるTrPBに関しての話は含みません。あくまで、硬膜外や神経根、交感神経節へアプローチを行う内容と言う観点で話は進めます)
「体内に注射針を入れる」と言う随伴的合併症が必ず生じています。注射針を体内に入れる、即ち、それは刺傷がその段階で形成されます。これは、注射が痛かろうか痛くなかろうが、表層から薬液を浸潤させて痛みを消しながら患部へアプローチしようが何しようが必ず起きる事象が刺傷に伴う生理的反応です。
ここまで書けば何となく見えてきたかもしれませんが、「針治療」と言う手段は、見方を変えればペイン科が行う注射針を入れて薬液を放つ際に必ず生じる随伴的合併症の部分「のみ」を作用として利用している、と言う見方も出来ます。このように書けば分かり易いのかもしれません。
刺傷が出来れば何が起こるでしょうか。確かに痛み物質も生成されますし、痒み物質も生成されますが、その分泌物質は血管拡張作用があります。
その患部(患部までも含め)への刺傷に伴う随伴的合併症により拡張した血管にて、血流量が増進し、患部への栄養が行き渡り、患者は回復を自覚すると言う事です。今度、普段から懇意にしているペイン科に薬液を放たないで同様な結果が出るかを依頼してみようかと思うのですが、どのような結果が出るかも楽しみなところです。
このような結果は、普段から薬液を放って臨床データを構築している人間側で無ければ見えてこない部分と言うのも大いにあるとは思うのです。
取り分け、ここからは針治療の強みともなるのですが、その多くは保険やガイドラインに依存しなくても良い環境と言うのは極めてフリーダムなのです。一回の治療で多くの症状と対応出来る事、もう1つは多根性の神経障害に対しても一回の治療で対応出来る事、が挙げられるかもしれません。特に脊椎変性疾患の術後後遺症に伴う神経障害なんて2~3根やられているのがザラです。
症状が多ければ多いほど、刺針部位も増えてくる事は、もしかしたら患者にとっても負担な事かもしれませんが、これを同様な理屈を持つペイン科に行ってお願いしても、先ずは無理と断られるか、数万~数十万の費用負担が一回毎に発生させざるを得ないものです。
見立てや治療方針によって刺針部位や治療スパンは異なるものかもしれませんが、このように、ペイン科の視点として針治療を考えれば、このような針治療の強みと言うのも見せられるものかもしれませんね。薬効なんて1~2時間が精々です。
それでも尚、ペイン科で回復自覚された方々も多数いるのは私も知っていますし、薬液の作用時間以降も経時変化で症状が改善していった人も知っています。
このような流れと言うのは、薬液の作用のみならず、注射針を刺した事による作用時間が含まれている為に起きうる事かとも考えられます。薬液の作用よりも、刺傷に伴う血管拡張期のほうがずっと長いですからね。作用時間が高く長い⇒患部の回復時間が高く長い⇒早期回復出来る~治療スパンを比較的開けても症状が安定する、に繋がります。
長くなりましたが、このように針で良くなる理由と言うのは、
1)既存の病態定義が画像所見に依存し過ぎた故に、出てたら切れば良いし、グラグラしてたら固定すれば良いし、切れてたら繋げば良いし、それをやれば治るでしょ、の理屈に固執し過ぎた結果、現在に至った為、
その多くの患者も既存のレールに乗せられて⇒治らない、と言うケースが散見されるものです。(但し手術で良くなる人もいます。手術で良くなる理由は後日。病態定義が異なるのに何故手術で良くなるのかの巻で)
2)その結果、全ての細胞は血液によって栄養されている、と言う原始的な理屈が遥か忘却の彼方になった(勿論、血管拡張を求めたり、血流量を上げる薬物と言うのは存在しますが、中長期的に抱えた症状に対しては無効例が多いと言う理由も、実はある)。
3)現行医療で対応出来る多くの薬物は急性期迄にも関わらず、漫然と使用し続けた(させられ続けた)⇒当たり前だが症状とマッチしない限り、患者が得られるのはベネフィット<リスク⇒治らないばかりか健康被害
なのかもしれませんね(^^)
今度はもう少し真面目にまとめます。

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  ~針治療から病態定義の見直しを~